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第四章 結論 残された課題

 

 

 

第四章 結論 残された課題

4.1 結論

 本論文での結論としては、今まで見てきたとおり、デザインの経営に対する効果のポテンシャルは高く、それを最大限に引き出すためにはデザインコーディネーターとしての中小企業診断士が必要不可欠ということである。

 本論文での作成を通して見えてきたこととは、企業側とデザイナー側の相互理解が足りないがために、デザイン導入化効果の本来のポテンシャルが一般的に認識されていないということに尽きる。企業側ではデザイン導入の手順やデザイナーとの関係性をどう構築するかというノウハウがない。デザイナー側では企業、とりわけ中小企業経営の実態を詳細には理解していないことが多い。

 その相互理解不足を埋め、デザインの効果を100%引き出すための具体的内容が、本論文2章で示した導入時の成功要因であり、3章で示したデザインコーディネーターに求められる能力である。

 この企業とデザイナーの相互理解不足は、まさに経営へのIT導入における、企業とITベンダーとの相互理解不足と同様の物である。デザイン、ITともに、経営に活かすことができれば強力な競争優位を確立できるツールだが、その導入方法は一長一短ではなく非常に高度な知識とノウハウが求められる。

 やみくもに導入を進めても成功することはほぼ無いといっていいだろう。導入に失敗し高額な投資を無駄にするくらいなら、ある程度の費用をかけてコーディネーターを雇い、成功確率を上げたほうが合理的と言える。

 デザインコーディネーターの存在が、企業経営での新たな競争力の源泉としてのデザインの普及に繋がるものと私は考えている。

 デザインが停滞する日本経済の牽引役の一つとなることを期待する。

 

4.2 残された課題 デザイン導入の数値的効果検証

 残された課題としては、デザイン導入の数値的効果を如何に検証するのかという点である。デザインコーディネーターには、企業とデザイナーの橋渡し役だけでなく、企業側に対するデザインの必要性を啓蒙する役割もあることが望ましい。その際、企業に対する一番効果的な訴求方法は、デザイン導入例の数値的効果を明示することであろう。

 デザイン導入の効果を数値化しようという試みは、これまでも模索されてきたことではあるが、実用的な仕組みは未だ確立されてはいない。今回本論文を作成する過程の中で、筆者の中小企業診断士に関連する知識を活かし、数値的効果検証の足掛かりが画ければと考えていたが、本論文ではその具体案を示すには至らなかった。

 しかし、数値的効果検証方法の模索はデザイン導入に関しては避けて通れない点であり、今後もその方法案は模索していきたいところである。

 

参考文献

経済産業省 日本のデザイン政策の変遷

http://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/mono/human-design/policy1.html

近畿経済産業局「近畿におけるデザインビジネスの活性化方策に関する調査報告 2008年」(11p~63p)

 

日本政策投資銀行 「デザインイノベーションによる関西企業の高付加価値化戦略 2013年」(3p~6p)

 

産業研究所「デザイン導入の効果測定等に関する調査研究 2006年」

(10p~33p 103p~120p)

 

木全 賢 井上 和世『中小企業のデザイン戦略』PHPビジネス新書 2009年

(38P~122p)

 

特定非営利法人 ITコーディネーター協会「ITC実践力ガイドラインver.1.0 2010年」(14p~19p 26p~29p)

 

公益財団法人日本デザイン振興会 「第一回意識調査 2007年」

http://www.jidp.or.jp/archives/res/0801/index.html

 

経済産業省「生活者の感性価値と価格プレミアムに関する意識調査 2006年」(5p~16p)

 

財団法人 知的財産研究所 「企業の事業戦略におけるデザインを

中心としたブランド形成・維持のための産業財産権制度の活用に関する

調査研究報告書 2011年」(48p~58p 66p~71p 84p~111p 351p~357p)

 

経済産業省 企業法制研究会 「ブランド価値評価研究会報告書 2002年」

(21p~44p)

 

特許庁 「ものづくり中小企業のための意匠権活用マニュアル2008年」

(1p~23p)

第三章 デザインコーディネーターとしての中小企業診断士③

 

 

3.3コーディネーターに求められるもの

(1)デザイナーと企業との橋渡し役として必要な能力(対企業)

 コーディネーターとして必要な能力として、デザイン活用企業側が自身でも明確になっていない「潜在的要求」を如何に引出し、具体化させるかという点が重要である。

 この潜在的要求を如何に引き出すかという点においては、類似資格である「ITコーディネーター」でも、その重要性が指摘されている。

(ITコーディネーターに関しては、分野こそ違うものの、デザインコーディネーターを考える上でベンチマーク対象として非常に参考になる部分が多い為、今後も度々参照していく)

 中小企業診断士は常日頃から企業診断を行う中で、顧客の潜在的要求、言わば顧客ウォンツを掴む訓練を続けているはずである。こうした能力を活用し、さらに高めることでデザインコーディネーターとしての能力も比例して高くなるものと考えられる。

 

 

①トータルで一貫したデザイン戦略を通す力

2.3デザイン成功要因・失敗要因でも見てきたように、デザイナーや企業のデザイン部門を経営の川上から部門横断的に参加させていく必要があることを確認した。デザイン導入の経験が浅い企業の場合、他部門と連携を取る際にコンフリクト、セクショナリズムが発生する可能性が予想される。そうした際に、第三者的立場の人間が潤滑油の役割を果たしていくことは必要である。

そうした意味では、企業内でのデザイン導入のコンセンサスを得るためのファシリテート能力も求められてくる。ITコーディネーターでも同様の理由でファシリテート能力は重要視されている。

また、一貫したデザイン戦略を遂行する、いわばデザインマネジメント能力をどのようにして高めるかという点においては、図「デザイン・ブリーフ」や「デザインマネジメントの体系(仮)」が参考になる。

デザイン・ブリーフは、デザイナーと企業とのブリーフィングの際に、①プロジェクトの目的の明確化②依頼する業務範囲の明確化③予算や期間等制約条件の明確化、④その他必要情報の共有⑤共通認識と信頼感の醸成、といった内容を確認するための項目を洗い出したものである。

図表3.3: デザイン・ブリーフに記載すべき項目

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出典:産業研究所「デザイン導入の効果測定等に関する調査研究 2006年」

 

 デザインマネジメントの体系は、産業研究所が「デザイン導入の効果測定等に関する調査研究」の中での企業への調査結果から、デザイン導入を成功させるために重視すべきキーファクターが明らかにし、整理し体系化したものである。

 

図表3.4:デザインマネジメントの体系 

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出典:産業研究所「デザイン導入の効果測定等に関する調査研究 2006年」

 

 デザイン導入プロジェクトにあたり、抜け漏れの防止や、事前の内容説明、プロジェクト遂行の流れを体系立てて掲示していくことは必要である。

 

 

②成功事例の共有、一般化

 本論文1.2「日本でのデザイン活動の現状」で、中小企業のデザイン活動導入には心理的な壁があることを述べた。デザインコーディネーターとしては、こうした心理的抵抗のある企業に対しても手を拱いているばかりではなく、積極的にデザインの必要性と効果を啓蒙していく必要がある。

 デザイン導入に馴染みのない企業に対し、その必要性を提案する際に以下のような点を意識する必要がある。

 端的に導入の必要性を感じてもらうには、実際の導入成功事例を説明することが効果的であろう。実例を見聞きすることで、心理的不安はいくらか解消できる。

 成功事例は信頼性の面から考えて、政府機関などの公式の組織による情報が望ましい。多少古いデータにはなるが、経済産業省が平成15年とりまとめた「中小企業におけるデザイン成功事例」(http://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/mono/human-design/success-story2.html)が参考になる。他にも、経営の視点から見たデザイン導入の成功事例を常時収集し、掲示していくことが必要である。

 

③デザイン導入の意義、効果を体系立てて提案。

 デザイン導入の成功要因の部分でも、「デザイン導入に対する社内のコンセンサスを作る」ことが重要だという事に触れた。社内にデザインを導入する必然性が生じていなければ、積極的に導入を推し進めることはできず、本来の効果を発揮することはできない。また、社内にデザイン導入の必然性を根付かせるには、付随して経営トップのデザインへの理解も不可欠である。トップの理解が重要であることは「2.3デザイン成功要因・失敗要因」でも触れたところである。

 こうしたデザインへの理解を根付かせるために、本論文で確認してきた、導入の必然性とその効果を体系立てて説明し、理解を浸透させる活動も、デザインコーディネーターには必要である。

 

④効果を実感してもらうために段階的に提案

 最初から経営全体でデザイン活動を導入してもらうのはハードルが高く、実現に至らない可能性が高い。ITコーディネーターでも、その活動範囲を段階的に設定しており、ITからデザインに分野置き換えても、その段階を踏むという点は参考になる。

図表3.5: 情報投資企業の要望・成熟度に合わせた段階的提案

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出典:特定非営利法人 ITコーディネーター協会「ITC実践力ガイドラインver.1.0 2010年」

 

図表3.6 段階的デザイン導入プラン

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 「デザイン簡易相談」では、簡単なデザインのアドバイス、ちょっとした会社案内、HPの改善といった、いわばお試し版である。

 「デザイン関連顧問」は、対象企業のデザインの関わる分野の顧問として、定期的にアドバイス等を行う。

 「特定プロジェクトでの導入マネジャー」は、特定の商品やサービスにおいてデザイン導入を推し進める、実行に近い役割を担う。

 「全社的導入マネジャー」特定の製品等に限定されず、全社的に経営層の上の段階から導入を後押しする。経営理念の再定義から事業戦略の立案等を交えながら、デザインの活用を模索する。

 以上のように、ある程度対象企業のデザイン活用の成熟度や関心具合などを見極め、段階的にプランを提案することで、心理的抵抗を減らすものである。

 

⑤プル戦略の浸透

 通常デザインの活用というと、デザイナーや、広告代理店などからのセールスを受けることを想像する。デザイナーなどからの営業活動はプッシュ戦略かプル戦略かで言えば、プッシュ戦略に該当するものである。プッシュ戦略だけではどうしても効果に限界があるため、コーディネーターがユーザーである企業経営者に、経営改善提案を行う中でデザインの有効性を提案することでプル戦略として展開することで、よりデザイン活動を普及させるものである。

 ここまでに確認してきた、経営者や企業側にある「心の壁」を如何に取り払い、本論文にて確認してきたデザイン導入の効果を、体系的にデータ等に基づき説明することで、デザインの必要性を強く感じてもらうのである。

⑥意匠等の知的財産管理

 社外デザイナーへデザインを依頼した際には、その成果物に対する権利問題をいかに管理するかも重要な要素である。コーディネーターであればそうした管理業務にも精通し、アドバイスや、時には実務面でもサポートできる能力が必要である。

 意匠権活用にあたっては、特許庁が発行している「ものづくり中小企業のための意匠権活用マニュアル」(http://www.jpo.go.jp/cgi/link.cgi?url=/torikumi/chushou/mono_manual.htm)が参考になる。意匠権の概要の説明、活用の基礎・応用と網羅的に記載されており、特許庁HPから無料ダウンロードが可能である。

 また、場合によっては中小企業診断士のネットワークを活かして、弁理士と連携を図ることも必要となる。

 

(2)対デザイナー、デザイン知識の必要性

①デザイナーの力を100%引き出す

 コーディネーターとは先ほども確認したように、立場の違う人の間に入って調整をする役割である。それは言い換えれば、異なる知識を持つ人間同士の翻訳家でもある。其々の認識の誤差を極力減らしていくことで、デザイン導入の効果が高まるのは言うまでもない。

 

②デザイン知識の習得

 異なる知識を持つ人間同士の翻訳家になるということは、経営・デザイン両方に精通している必要がある。中小企業診断士であれば、経営に関する知識に関しては問題ないだろう。しかし、デザインに関する知識は不足していることがほとんどではないだろうか。

 デザインに関する知識は、デザイナーとのコミュニケーションを図る上でも、企業に対し円滑に導入していくうえでも必要である。

 ではどの程度の知識を有している必要があるのか。これもITコーディネーターが参考になる。ITコーディネーターはIT分野における橋渡し的役割を担うため、ITに関する細やかな深い知識を求めるというよりも、全体の大枠をさらうような知識が求められる。

 これはデザインコーディネーターに関しても同様であろう。具体的には、デザイン概論(基礎論)、プロダクトデザイン、広告グラフィック、CI、ブランド、店舗デザイン等、企業活動に関わる分野を中心にしたものである。細かな専門性、例えばwebデザインといった分野は、webデザイナー等の専門資格があるため、やはり全体を把握するという視点で考える必要がある。

 

③デザイナーとの契約方法に関する知識

 社外のデザイナーとの調整にあたっては、企業との契約方法に関する知識は必要不可欠であり、この問題をはじめに透明性のある明確なものにしておけば、デザイナーの業務に対するモチベーションも高めることができる。

 まず、新たに開発されたデザインに対しては知的財産権が生まれる。デザインに関わる知的財産権は大きく分けて商標権と意匠権の2つである。さらにデザインを行うにあたっては、その業務を進める際に知り得てしまう企業側の情報に対し、機密保持契約を締結しておくことも重要である。

 では個別の法律について注意点をまとめていく。

 

・商標

 商標はデザイナー個人の創作性は保護しない。そのため自動的にデザイナーが商標を得ることはない。デザイナー側から特段の要望がなければ企業側の権利となる。

 

・意匠

 意匠権は製品の形状を保護する法律である。デザインの創作段階では「意匠登録を受ける権利」がデザイナー側に発生する。その際外部デザイナーと内部デザイナーで内容に違いがある。

 

・外部デザイナー

 外部の場合、意匠登録を受ける権利はデザイナーのものになる。つまり、契約時に意匠権、意匠登録を受ける権利共に、権利譲渡にあたっての譲渡費用等取り決めが必要となる。

 特許、実用新案についても同様の仕組みになっているため譲渡費用の事前の取り決めが必要である。

 

・内部デザイナー

 職務創作によるデザインの通常使用権は自動的に経営者取得することができる。

 意匠権はデザイナー側が取得することもできるが、使用に関しては企業側も使用可能である。また、企業によっては「意匠を受ける権利」を会社に譲渡する契約書を結ばせるところもある。

 

・機密保持契約

 機密保持に関しては、2つの切り口がある。

①商品開発時に知ってしまう開発業務上の秘密

②デザインのために企業に入る際に知る企業の秘密。

これら両方共に機密保持契約により情報を守る必要がある。機密保持契約に関しては企業側から一方的に締結を求めることが可能である。

その為、デザイナーとの信頼関係に注意した上で、基本的に機密保持契約を締結することが望ましい。

 

 これら法律上の特性を十分に踏まえ、後々トラブルに発展しないような契約を事前に結ぶことができるよう、コーディネーターには知識と経験が求められる。

 

第三章 デザインコーディネーターとしての中小企業診断士②

↓前章の記事

 

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3.2デザインコーディネーターの必要性

 まずコーディネーターの概要を確認したところで、ここからはデザインコーディネーターの必要性について考えていきたい。

(1)デザイン戦略の立案の手助け

 本論文「2.3デザイン成功要因・失敗要因」での図表で「デザインに対する方針を明らかにする」という項目があった。2.3では上位企業下位企業でこの項目の定着率に差があることに着目し、成功要因となりえること主張していた。

 しかし、この値は上位下位企業の値を平均すれば25%と非常に低い数字である。企業ではデザインに対する方針、つまりデザイン戦略が固まっていないことが大多数というのが現状と言える。

 成功要因であるのにも関わらず定着率が低いのであれば、今後改善が望まれるものであり、それを担うのはデザインコーディネーター(中小企業診断士)ではないだろうか。デザイン戦略を立案するには企業の経営戦略を理解し、整合性を図る必要がある。それは企業の経営全体を見ることができる診断士の役割である。

 

 

図表2.17 デザイン導入キーファクターの実施定着率(再掲)

 

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(2)販売、流通等を含めたトータルでデザインの必要性 

 デザイン戦略立案と類似の内容だが、部門横断的に企業へのデザイン活動を導入し、一貫性のあるデザイン活動を推進することも必要である。2.3でデザインの部門横断的運用の重要性を見てきたが、企業其々の部門にデザインの意義を浸透させるには、其々の部門特性を理解するための経営知識が求められる。ここにもデザインコーディネーターの必要性を感じるところである。 

図表2.19 デザイナーの川上化の重要性(再掲)

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(3)デザイナーの経営知識を補う

 (1)(2)とも共通することであるが、デザイナー側の経営に関する知識を補うことも重要な点である。

 2.2(3)で確認したように、価格競争回避に必要な要素として、デザイナーが経営知識や、企業の経営戦略を理解することが挙げられていた。当然経営知識が豊富なデザイナーも存在するだろうが、必ずそうしたデザイナーに企業が巡り合えるとは限らない。

 また1.2(3)「日本のデザイン政策の後れ」でも確認したように、デザインが高度化している中で、外観を整える技術だけでなく、「調整力」や「マネジメント力」が求められているという点も、デザイナーの経営知識を補う必要性の裏付けとなるだろう。

 デザインの効果を十分に発揮するためには、デザイナーの経営知識を補う存在が欠かせないのである。

図表2.10 デザイン導入で「従来よりも高価格での価格設定」を実現した企業の特長 (再掲)

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(4)ITCの前例から考える期待効果

 コーディネーターの資格として既に確立されているものとしては、ITコーディネーターが代表的である。ITコーディネーターとは、2000年代前半に日本企業におけるIT利活用の遅れを問題視される中、その打開策を担う存在として注目を浴びた資格である。

 その必要性と役割に関しては図表3.2を見るとわかりやすい。ITシステムの導入の際には、ユーザー企業側とベンダー企業側双方に経営やITに関する知識・経験が不足していることが多く、これが思うようにIT利活用が進まない要因とされている。こうした悪い流れを断ち切るにはユーザー側ベンダー側双方の実情を理解し、調整する役割の人間が必要とされたのである。

 こうしたことはデザインに関しても同様であるといえるだろう。ITに比べ導入事例が比較的少ないため問題が大きく取り沙汰されていないだけで、相互理解不足による同様の悪循環は起こっていると考えられる。

 だとすれば一足先に導入され効果を上げているITコーディネーターと同様に、デザインコーディネーターもその導入の効果が期待できるはずである。

図表3.2 情報化投資の企画調達プロセスの甘さ

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出典:特定非営利法人 ITコーディネーター協会「ITC実践力ガイドラインver.1.0 2010年」

 

(5)韓国でのデザインコンサルタントの浸透

 1.2(2)で世界各国のデザイン政策を確認したが、韓国では既に中小企業向けの支援策としてデザインホームドクター制度でデザインコンサルを実施しており、企業とデザイナーをつなぐ支援を行っている。こうした取り組みにより成功事例は着実に増えており、「良いデザインは利益を生む」という認識が中小企業にも浸透しつつある。※(近畿におけるデザインビジネスの活性化方策に関する調査報告書より)

 韓国の前例から考えると、日本でもデザインコーディネーターのような企業とデザイナーを繋ぐ存在が、デザイン活動の普及に一役買うといえるだろう。

 

第三章 デザインコーディネーターとしての中小企業診断士①

↓前章の記事

design-management.hatenablog.jp

 

第三章 デザインコーディネーターとしての中小企業診断士

3.1コーディネーターとは

 まずコーディネーターとはどういう意味かを確認しておきたい。一般的には「物事の調整・まとめ役」「複数の活動や組織の様々な要素を調和のとれた効率的な関係にする人」といった意味合いで使われることが多いだろう。

 ではこうしたコーディネーターはどういった理由で必要とされるのか。活用する側は物事を、こうしたい、こうありたいという曖昧な希望は持っているが、自身でそれを具体化し、実現に必要なリソースを確保する知識や能力、時間が十分にないため、専門家に業務の代行や意思決定の支援を依頼するというのが一般的であろう。

 コーディネーターは自身が直接実務に従事するわけではなく、専門知識や経験、センス、問題解決能力などを活かして、顧客の意に沿った問題解決提案や意思決定の支援や助言をするのである。

 

(1) 他コーディネーター資格との違い

 直接的なデザインのコーディネーター資格は存在しないが、デザインに関連する資格でのコーディネーター資格はいくつか存在している。

 代表的なところはカラーコーディネーターや、インテリアコーディネーターなどである。これらのデザイン関連資格の業務では、今回の論文で主張している中小企業へのデザイン導入のコーディネーターとはなりえないのか。私はなりえないと考えている。

理由は以下の通りである。

 

①内容が細分化されている、全体を俯瞰できる資格ではない。

②企業の潜在的要求を体現できない。

③組織全体での導入。戦略を通しての導入、販売、広告などとの連携は難しい。

 

 

 

図表3.1 コーディネーター資格比較

 

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 ①多くのデザイン関連資格は非常に細分化されており、図表3.1を見るとわかるようにコーディネーター資格も同様に色とインテリアに細分化されている。非常に実務に近い内容のものがほとんどである。しかし、それぞれのデザイン資格保持者に、デザインを依頼する段階で、すでに企業のデザイン導入方法が間違っている可能性はないだろうか。デザイン導入になれていない企業なら、尚更その可能性は高い。

 こうした懸念があっても、経営全般に関する知識がなければ、デザイン導入を成功に導くことは難しい。

 

 ②①の内容と重なる部分があるが、経営全体を俯瞰する力がなければ、企業の潜在的なデザイン導入要求を引き出すこと、理解することはできない。企業の潜在的要求を十分に理化できない場合、デザイン導入が失敗に終わってしまう可能性は高い。

 

 ③図表3.1挙げている資格は何れも専門職としての資格であり、組織機能を横断して決定を下せるような内容の資格とは言い難い。

 

(2)小括

 ここまで見てきた通り、既存のデザイン関連コーディネーター資格では、経営全般の理解が十分でないため、経営上位概念でのデザイン導入という点では、コーディネーターになりえないと私は考えている。その点、中小企業診断士であれば、現状の持てる知識に、デザイン関連知識をある程度加えることで、デザインコーディネーターのとしての役割を担えるものと考えている。また、診断士の方が経営層との距離も近いことが多い。

第二章 中小企業へのデザイン導入の必要とその効果③

 

 

 

 

 

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※前章の記事

 2.3 デザイン成功要因・失敗要因

 ここまでは、企業におけるデザイン活動の導入の効果にはどのようなものがあるかを確認してきた。

 グローバルレベルでの競争激化、コモディティ化の進展といった外部環境の変化に対しデザインの導入が効果があることはこれまで見てきた通りである。

 ただ、効果があるからといって闇雲にデザインを導入してだけでは、高い効果が得られるとは限らない。そこには効果を生み出すに至る成功要因や失敗要因が存在する。特に、デザインの導入に馴染みが薄い中小企業であればなおさらである。ここからは、デザイン導入における成功要因、失敗要因を見ていきたい。

 

 (1)経営層での成功失敗要因

 まず、経営の一番上位エリアには経営者の意思決定があるわけだが、デザインの導入には「経営トップのデザインへの理解」が必要不可欠である。これはデザインに限らず、あらゆる新規事業に言えることだが、何か新しい取り組みを行う際には、トップの理解が得られなければ、目標達成を待たずしてなし崩しに終わってしまうことが多い。ましてやワンマン体制が多くみられる中小企業であればなおさらの事である。

それを裏付けるデータがある。産業研究所ではグッドデザイン賞を受賞した企業に対し、アンケート調査を行なった。アンケートでは図表2.14、図表2.15の各項目に対して重要性の認識(「重要である」「多少重要である」「あまり重要ではない」「重要ではない」の4段階)とその実施・定着状況(「実施し定着している」「取り組み始めている」「未着手である」)を尋ね、その結果をデザイン導入効果との関係を分析した。

こうした質問項目を基に、その結果をデザイン導入に関する認識の高い上位10企業、低い下位10企業に分けてまとめている。

図表2.14 デザイン導入成功へのキーファクター(仮説)

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出典:産業研究所「デザイン導入の効果測定等に関する調査研究 2006年」

 

図表2.15 デザイン導入成功へのキーファクター(仮説)

(社外デザイナーマネジメント)

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出典:産業研究所「デザイン導入の効果測定等に関する調査研究 2006年」

 

図表2.16 デザイン導入キーファクターに対する重要性認識

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出典:産業研究所「デザイン導入の効果測定等に関する調査研究 2006年」基に筆者作成

 

図表2.17 デザイン導入キーファクターの実施定着率

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出典:産業研究所「デザイン導入の効果測定等に関する調査研究 2006年」基に筆者作成

 

 この図表2.16は同研究のアンケート結果を基に、経営トップに関わる項目に絞って筆者が作成したグラフである。図表2.16を見ると調査企業の

「経営トップがデザインを理解する」

「デザインに対する方針を明確にする」

「長期的な視点でデザインに取り組む」

の3つの項目に対する重要性の認識は上位下位企業共に非常に高い結果となっている。

図表2.17の定着率に注目すると上位企業と下位企業との間に大きな開きがあり上位企業ほど定着率が高いことがわかる。このことから、これら3項目はデザイン導入の際の成功要因であると考えられる。

 また図表2.18はアンケート結果から、デザインに取り組んでいる期間とデザインマネジメントのレベルの関係をまとめたものである。各レベルは□オペレーションレベル□組織レベル□戦略レベルに分かれており戦略レベルに近づくにつれて高くなる。図表2.18を見ると取組期間が長いほどレベルが高くなっていくことが見て取れる。

図表2.18 デザインに取り組んでいる期間とデザインマネジメントレベル

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出典:産業研究所「デザイン導入の効果測定等に関する調査研究 2006年」

 

 以上の点から、経営トップがデザインの重要性を理解したうえで、長期的な目線で一貫したデザイン政策を推進していくことが、成功のカギとなるといえるだろう。

 

 (2) マネジメント(組織)の問題 デザインの川上化

図表2.19 デザイナーの川上化の重要性

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出典:産業研究所「デザイン導入の効果測定等に関する調査研究 2006年」基に筆者作成

 

 次に、デザイン活動の組織における運用方法での成功要因を確認する。

 先の章(ピラミッド図)において、デザインは経営の下位概念で上辺だけ導入しても効果が低いことを示した。成功要因も同様で、デザイナーやデザイン部門を、経営の川上から参加させ、さらに部門横断的に関与させることが、重要な要素である。図表2.19を見ると、重要度に対する認識は高く、上位企業下位企業で定着率に開きがあることから、これも成功要因の一つといえるだろう。

図表2.20 グッドデザイン賞受賞商品効果項目の定着率差

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出典:産業研究所「デザイン導入の効果測定等に関する調査研究 2006年」基に筆者作成

 

 さらにこの川上化に関してはデザイン導入効果項目とも比較して分析されている。

 同研究では、①~③のものづくりに関する効果について着目している。もちろんそれらの項目も重要性は高く、また定着率の差異も大きいのだが、筆者は④④企業又は商品のブランドの構築と⑤経営理念の再構築に注目したい。本論文では、デザインの効果としてブランドの構築と経営理念の再構築に関して強く主張してきた。これらの効果を高める要因となるデザインの川上化の成功要因としての重要度は高いといえる。

 また、デザインを川上から横断的に導入するためには、①経営トップの理解のもと組織全体でデザインの必要性を理解すべき点と②デザイナー側にも経営知識が必要な点の二つの面が必要となる。この際にも、中小企業診断士のような存在が、この二つの側面を補う必要性があることを指摘しておく。

 

(3)デザイナーとの関係性の問題

 ここからは、企業とデザイナーとの関係性を考える。

 前提として、中小企業はここまで見てきた通り,デザインを導入したことがない場合がほとんどである。また導入においてもデザインコーディネーターが必要という観点から、ここではデザイナーは社外の人間と連携することを前提に話を進める。

①関係性構築における注意事項

 社外デザイナーとの関係性を考える際に図表2.21を見てみたい。

 この図は、1980年代の英国で行われた調査によるものである。当時のイギリスではデザイン振興策として、従業員1000 人以下の中小企業に社外デザイナー(デザインコンサルタント)を雇い入れるのに必要な補助金を支給していた。この補助を受けた221の企業に対して、フォローアップ調査を行った結果が図表2.21である。この図を見ると、

「デザイナーとの契約内容を明確化する」

「デザイナーとの役割分担を明確化する」

「デザイナーに予算、コスト等の制約条件を明示する」

「デザイン導入に対する社内のコンセンサスを作る」

において、重要性に対する認識に上位企業下位企業の間に大きな開きがあることがわかる。

 まず、先の2つの項目はデザイナーとの契約方法・条件に関する項目である。社外のデザイナーと上手く連携し効果を上げるためには、契約内容、役割分担をはじめに明確にし、デザイナーのモチベーションを高く維持することが必要であることが見て取れる。

 しつこく言っているように、中小企業はデザインの導入に慣れていないことが多い。そのためこのような基本的な契約についても、その間を取り持つ存在が、デザイン導入成功に必要となること考えられる。

 さらに「デザイン導入に対する社内のコンセンサスを作る」の項目においては、重要性認識だけでなく、その定着率にも大きな差がある。これはデザイン導入の前に、導入の必要性を社内全員が認識し理解する必要があることを示している。

図表2.21 デザイン導入を成功させるためのキーファクターに対する認識と実施率 (社外デザイナーのマネジメント)

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出典:産業研究所「デザイン導入の効果測定等に関する調査研究 2006年」

 

 また、図表2.22を見ると、社外デザイナーとの取組を通じて企業管理者が感じた教訓として、「明確なブリーフィング、仕様特定重要性」を一番に挙げている。また3番目には「デザイナーの進捗管理と打ち合わせを定期的に実施することの重要性」を挙げており、ここでもデザイナーとのコミュニケーション、相互理解が重要視されていることがわかる。このことからも、企業とデザイナーの間を取り持つ潤滑油的存在の必要性が感じられる。

図表2.22 社外デザイナーとの取組を通じて企業の管理者が感じた教訓

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出典:産業研究所「デザイン導入の効果測定等に関する調査研究 2006年」

 

②デザイナーのタイプを理解する

 デザイナーとの関係性を良好なものとするためには、条件や注意事項だけでなく、デザイナーがどのようなタイプなのかも理解する必要がある。

 図表2.23は「中小企業のデザイン戦略」内で紹介されている、3タイプの工業デザイナーのメリット、デメリット、付き合う際の注意事項を筆者がまとめたものである。

図表2.23 工業デザイナータイプ別の特長

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出典:木全 賢 井上 和世「中小企業のデザイン戦略」PHPビジネス新書 2009年 より筆者作成

 

 この表に挙げている項目はあくまでこうした傾向がある、というものですべての工業デザイナーがここに当てはまるわけではない。しかし、デザイナーのタイプや傾向といったものを理解することで、企業へのデザイン導入の際の失敗は事前に防げる確立が高まるだろう。

 其々のデザイナーのタイプは一兆一旦である。それぞれの長所短所を理解し、図表2.23内の「注意事項」を中小企業診断士が補うことで、中小企業へのデザイン導入効果を高める必要がある。

 

(4)デザイン保護の問題

 デザインの導入効果を高めるためには、法律で保護し、競合の参入を阻止していくことも重要である。図2.24は知的財産研究所が企業に対し行ったアンケ―ト結果である。

図表2.24 製品企画・開発上で対策に苦労した他社の意匠権

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出典:知的財産研究所 「企業の事業戦略におけるデザインを中心としたブランド形成・維持のための産業財産権制度の活用に関する調査研究報告書 2011年」

 

 これを見ると、8割の企業が他社の意匠権保護により何らかの対応を迫られており、意匠権活用が競合他社への抑止効果があることの表れとなっている。また意匠権活用にあたっては、少数で登録するよりも複数を登録して保護する方が望ましいと言われている。図表2.25では意匠権が他社牽制・参入防止効果を有していると回答した者と、それ以外の者で製品当たりの意匠出願の件数違いを調べたものである。意匠権が他社牽制・参入防止効果を有していると回答した者は、それ以外の者よりも多数の意匠出願を行っていることが見て取れる。このことから、意匠権により他社牽制・参入防止効果を得るためには、多数の意匠出願を行う方がより効果的といえる。

図表2.25 他社牽制・参入防止効果に有効な産業財産権と意匠出願件数

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出典:知的財産研究所 「企業の事業戦略におけるデザインを中心としたブランド形成・維持のための産業財産権制度の活用に関する調査研究報告書 2011年」

 

 ただ、意匠権の登録に当たっては当然費用や手間が発生する。中小企業の限りある経営資源の中では、その都度製品デザインの重要性と意匠権登録コストとの兼ね合いを見ながら対応していく必要があるだろう。

 また、製品ライフサイクルの短い物に限っては、意匠権よりも不正競争防止法によって保護することも有効であるとされている。(不正競争防止法では、最初の販売から3年まで有効である)

 

(5)小括 

 デザイン導入の成功要因ここでもう一度まとめておきたい。

 まずデザイン導入においては企業の経営層の理解と、その経営層による長期目線での活動継続が重要である。

 経営上位の理解が得られたら、部分的に導入するだけでなく、企業組織の活動全般に渡り横断的に導入することが求められる。

 また、対企業の視点だけでなく対デザイナーに対しては、デザイナーとの契約内容を明確化する」「デザイナーとの役割分担を明確化する」「デザイナーに予算、コスト等の制約条件を明示する」といった項目の重要性を確認、ひいてはデザイナーとの打ち合わせの重要を確認した。

 法律の面からは、意匠権を効果的に活用する術を考えている。

 これらいずれの成功要因も、経営資源に余裕のない中小企業においては、全てを満足に満たすことは容易ではない。この成功要因を高める為に、中小企業診断士が、デザインコーディネーターとして企業とデザイナーとの橋渡し役になる必要性を、次の章から示していきたい。