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経営に役立つデザインの情報を紹介します

第一章 日本におけるデザイン活動の現状①

 第一章 日本におけるデザイン活動の現状

1.1はじめに レポート作成の背景・目的

 今回の論文のテーマは企業経営とデザインを組み合わせたもので、一般的にはあまり取り上げられていない内容である。現に、中小企業診断士のネットワークの中でも、デザインをテーマにした研究会や集まりは決して多くはない。
 しかし、私個人としては経営におけるデザインの重要性を強く感じている。とりわけIT・Web関連の業界では日に日にその関心・重要性は高まっているといえるだろう。そうした中で何故この両分野は歩み寄ることができないのか。率直な印象としては、デザイナーと経営に携わる人間の間には心の壁があるからではないかと私は考えている。
 私の父はデザイン業を営んでいる。その父との会話の中でいつも感じることは、経営や利益追求といった考え方に対する抵抗感である。また、中小企業診断士に関連する人たちとの会話の中に、デザインという概念はほとんど出てこない。
 私の周囲の人たちを基準に全てを決めつけるつもりはないが、私はこうした日々の体験から、両者の隔たりを解消するためには、デザインが経営に与える効果の数値データや、両者の橋渡しをする存在が必要なのではないかと考え、論文のテーマに設定するに至ったのである。
 論文の作成にあたっては、デザインという概念の曖昧さや、同様の先行事例の少なさといった理由から、思うように進まない事も多かったが、本論文が少しでもデザインと中小企業診断士を繋ぐ橋渡し役になれば幸いである。

 

1.2本レポートでのデザインの定義

 デザインと一口に言っても、世間一般に認識されているデザインとはひどく曖昧なものである。デザインという言葉を日本語に置き換えると、「意匠」や「設計」といった言葉になる。しかしその言葉が指し示すものは、時には製品の外観、意匠、スタイリングだけを指すことも有れば、企業や組織の戦略といった概念的なものを設計することを指すこともあり、さらに概念的な、法律や制度といった仕組みを設計するといった意味合いで使われることもある。一般的には、外観や意匠といったデザインの事を「狭義のデザイン」、概念的なもの設計する意味でのデザインの事を「広義のデザイン」と定義されることが多い。その名の通り「広義のデザイン」は対象範囲が非常に広いため、「広義のデザイン」の対象範囲まで、本論文での対象範囲を広げると、調査活動が膨大なものとなってしまうため、本論文でのデザインの対象範囲をある程度限定したい。

 デザインとはもともと曖昧な概念でもあるため、その対象範囲の境界線を明確に線引きすることは難しいが、今回は企業の「プロダクトデザイン」を軸にした活動に限定する。

具体的には、製品のスタイリングを行う際に、企業の理念を統一して表現するために必要となる、企業ドメインの再定義といったプロダクトデザインに関連する活動に限定するものである。

 

1.3日本でのデザイン活動の現状

 日本でのデザイン活動に対する意識は決して高くない。中小企業であればなおさらである。近畿経済産業局のレポートによれば、大阪の中小企業は23%しかデザイン業を活用したことがないというデータもある。

図表1.1 大阪市内中小企業におけるビジネス支援サービス業の活用経験比率

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出典:近畿経済産業局「近畿におけるデザインビジネスの活性化方策に関する調査報告書 2008年」

 

 また、経済産業省「2007年度版ものづくり白書」では、「我が国では全体的にデザイン部門の企業内での位置づけが相対的に低く、技術部門・営業部門の要望が優先される傾向にある」との指摘がなされており、日本の経営においてはデザイン部門が相対的に低く位置づけられている現状がある。

なぜデザインに対する意識・評価が高くないのか、その理由は大きく分けて3つある。

 

(1)心の壁

 まず一つ目の理由は、中小企業経営者に多くみられる「自分にはデザインはわからない」という、心理的な拒否反応である。「売れるデザインの発想法 (木全 賢 著)」によれば、デザインコンサルタントである著者が出会った中小企業経営者の多くが、デザインに対して強い拒否反応を示したとある。心理的な問題など、気持ちの持ちようで何とでも改善できると思うかもしれないが、これは非常に根深い問題である。

 著者によると、とにかく中小企業の経営者の多くが、デザインの良さ・効果を実感したことがないことが、デザイン導入に繋がらない大きな要因であると書かれている。中小企業では、デザイン活動にまで力を注ぐ余裕のある企業は多くないため、そもそもデザインに関わる機会が少ない。そのため、まずはデザイナーと付き合い、デザインと関わることが、心の壁を取り除く第一歩と主張されている。

 また、「デザイン導入の効果測定等に関する調査研究」にも、この心の壁と似たような内容が書かれており、同研究では4つの壁がデザイン導入を妨げていると書かれている。

 

①技術至上主義の壁

 デザインは製品の外観を整えるだけの表面的なものという認識があり、技術こそが製品の本質的な要素だと思われている。

 特に日本では以前から技術至上主義の傾向が根強く、デザインに対して、本腰をいれて向き合ってこなかった経緯がある。2007年ものづくり白書にも技術・営業が優先されてきたことが示されている。

②費用対効果の壁

 デザインの導入を検討するに至っても、どれだけの効果が具体的に得られるのかが不鮮明なため、導入に踏み切ることができない。

③トラウマの壁

 高いデザイン料を払ったにもかかわらず、売上が上がらなかった、デザイナーと大喧嘩した等の失敗経験がトラウマとなっており、デザイナーと二度と関わりたくないと考えている。

④体力の壁

 デザインの導入を検討するに至っても、デザイナーに関する情報を収集したり、デザイン料を負担する余裕がない。

 

 ①の壁は、デザインの意義や効果に対する理解不足が要因であるため、デザインの有効性と効果を明確に打ち出していく必要がある。

 

これらの4つの壁のうち、①③は心理的要因によるもの、②④は資金的要因によるものと分けることができる。

心理的要因に関しては、デザイナーやコンサルタントといった立場からデザインの意義や効果を積極的に提唱していく必要がある。また場合によっては企業とデザイナーを繋ぐコーディネーターのような存在が上手く間に入ることで、相互理解を深め心理的壁を取り払うといった取り組みも必要である。

資金的な要因に関しては、政府による、デザイン導入に対する補助金といった支援策の充実と、コンサルタント等による支援策の周知が求められる。

図表1.2 デザイン導入時障害となる壁

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出典:産業研究所「デザイン導入の効果測定等に関する調査研究 2006年」基に筆者作成

 

 この後の章でも掘り下げるが、この二つの要因を解消することができなければ、企業、特に中小企業にデザイン活動の導入を進めることは難しいだろう。

 

(2)日本のデザイン政策の遅れ

 2つ目の理由は日本のデザイン政策が、近年諸外国に比べて後れをとっているということである。

 具体的にどう後れをとっているのか掘り下げるために、まずは日本におけるデザイン政策の変遷を整理する必要がある。

図表1.3 日本のデザイン政策の変遷

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出典:経済産業省HP 「日本のデザイン政策の変遷」より筆者作成

 

 この表を見ると、まず日本のデザイン政策とは、日本製品の模倣に対する先進国の批判から始まっていることがわかる。その為、1950年代後半は模倣品防止のための政策が多い。

 その後、乱暴にまとめてしまうと1990年代まで、模倣防止・知的財産権の認識向上とデザインの重要視する文化を定着させるため、デザインの啓蒙活動を中心とした政策を続けていく。

 しかし、1990年代後半に入ると、知的財産権の重要性やデザインの必要性がある程度認識されたことを受けて、デザイン政策は一時終息する。

 そして2000年代からは一転してデザインを積極的に活用していこうという路線に内容が変わっていく。この背景には、新興国の台頭やバブル崩壊後の不況により国内産業競争力の強化が急速に必要になっていったという理由がある。

 特に新興国の技術力の台頭は著しく、これまで日本の産業界が得意としてきた、技術力・機能性といった分野でも、アジア新興国との差は急速に縮まっていった。造りだす製品を技術や機能により差別化を図ることが難しくなり、人件費などの製造コストを如何に抑えるかという苦しい競争の時代が到来する。

 そんな中、新たな差別化要因といて注目され始めたのがデザインであり、バブル崩壊後に長引く景気低迷の打開策の一つとして注目され始めたのである。

 では以上の日本のデザイン政策の変遷を踏まえた上で諸外国の政策と比較をしてみたい。

 図表1.4にはデザイン先進国としてイギリスとフランスを、デザイン新興国として韓国と中国を掲載している。これらの国のデザイン政策の特長としては、①政府による強力なトップダウンによりデザイン政策を進めている点(フランスは例外)②中小企業向けのデザイン活用のための支援策が充実している点(資金面・サービス面共に)③デザイン感覚を養うための教育支援サービスが義務教育の段階から充実している点、以上3点が挙げられる。

図表1.4 各国のデザイン政策の特長

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出典:近畿経済産業局「近畿におけるデザインビジネスの活性化方策に関する調査報告 2008年」より筆者作成

 

ここまで日本のデザイン政策と各国のデザイン政策を確認してきた。両者を比較した上で、日本のデザイン政策の課題点をまとめてみたい。課題点は大きく分けて5つである。

①日本のデザイン政策の本格化が遅れた

 前述のとおり日本のデザイン政策は2000年代中盤から本格化しており、諸外国に比べて遅い。イギリスでは1997年からブレア内閣のもと、「クールブリタニカ」(クリエイティブ産業による10億ポンド規模の市場の開拓と,雇用創出を目的とした政策)の推進を目指し,国家によるデザイン活動の積極支援を行っている。また、デザイン先進国だけでなくデザイン新興国である韓国でも、1997年のアジア通貨危機を打破する手段の一つとして、同年に「工業デザイン促進法」が施行され、韓国デザイン振興院(KIDP)が設立されている。韓国は国よる強力なトップダウンでデザイン振興を進めており、その成果は韓国大手家電メーカーの勃興からも見て取れる。

②デザイン事務所やデザイナーへの支援策が弱い

 日本では一般企業向けのデザイン支援策はある程度ある一方、デザイン事務所に対する支援策は弱い。それに対しイギリスではデザイン事務所に対する優遇税制や資金の優遇貸付等といった支援策が整備されている。

 韓国では,毎年若手デザイナーを10人ほど選抜し,海外留学や展示出展費用390万円を助成する。また,デザイナーによる独自ブランドの立ち上げも積極的に支援している。

③全体的に支援策の予算規模が小さい

 イギリスは税制優遇・貸付制度の規模が720億円である。韓国では韓国デザイン振興院に年間150億円規模の予算が設定されている。いずれも日本の支援規模に比べ大きい。

④デザイン教育の遅れ

 イギリスや中国ではデザインが義務教育に組み込まれている。韓国では「韓国青少年デザイン展覧会」で国家表彰を行っている。フランスでも中等教育の段階からデザイン教育を導入している。

 世界的にデザインが高度化し、ものづくりにおいて考慮すべき要素が専門化、多様化、している中でデザイナーには、商品の外観・見た目だけをスタイリングするテクニックだけでなく、企業・部門間の「調整力」や「マネジメント力」など総合的な能力が要求されている。(近畿におけるデザインビジネスの活性化方策に関する調査報告書 24p)

 しかし、日本の高等教育機関においてはそのような総合的な能力を身につける教育がなされているとは言えない。我が国のデザイン高等教育は、プロダクト、パッケージ、空間、テキスタイルといった分野ごとに細分化された専門的なデザイン手法を教えることに重点が置かれている。そうした中で経営感覚を持ったデザイナーを育てるような総合的教育は多く行われていないのが現状である。

 一方、米国、英国等では、デザイン教育機関、ビジネススクール等において、デザイン教育とマネジジメント教育を融合させ、経営感覚のあるデザイナーを育てる教育に力を入れつつある。

 

(3)効果の数値の困難さ

 デザイン導入の必要性を、手っ取り早く感じてもらうためには「デザイン導入により売上高が○%上昇した」といった情報を掲示することが一番であろう。しかし、こうした情報を掲示するには、デザインが売上高に対しどの範囲まで影響したのかということを特定することが必要になる。それは非常に困難なことであり、それぞれの企業特性によって、影響の度合いや、効果が表れるまでの期間などが異なる。そのため、デザイン導入の明確な数値的効果が示されてこなかった。このことも、デザイン導入が進みにくい理由の一つである。

 ここでも国が主導し、明確な基準となるデザインの定義を、多少乱暴にでも設定することが求められる。

 

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