15年ぶりのデザイン政策提言「デザイン経営宣言」に関する考察
はじめに
同研究会に対する当ブログでの注目点
デザインの産業分野のでの積極活用というのは、実は経済産業省では以前からの研究テーマです。
デザインの効果測定に関する調査報告書(METI/経済産業省)
そのため当ブログでは過去の研究には無かった下記のような点に関しての報告内容が、どの程度示されるかということに関して注目してきました。
- デザイン投資による効果の測定に関しても議論を行う見込み
- IOTやAI・ビッグデータといった技術の進歩に対応した研究を目指している
- デザインをブランディングにつなげる際の課題や効果についても議論を行う見込み
- 海外と比較し、国内の意匠制度の課題点を整理する
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では今回の報告書で上記の項目に関しての記載はあったのか、みていきたいと思います。
デザイン経営宣言の要約
1.デザイン経営の役割・狙い
デザイン経営の役割・狙いは①ブランドの向上②イノベーションの促進の2点とのことです。
一貫した戦略やコンセプトに基づくデザインはブランド価値を生み出すことができる。加えて、研究・商品開発などの分野においては、デザインが介在することで社会ニーズ視点での付加価値を付与することにつながり、商品開発における死の谷を乗り越えるイノベーションの要因になる。
筆者が少し要約していますが、以上がデザイン経営におけるデザインの役割とされています。
2.デザインの投資効果
当ブログでも注目してきたデザインの投資効果に関しては、British Design Council Design Value Indexといった海外の組織が発表した調査内容をもとに下記のような効果があることを主張しています。
- £1のデザイン投資に対して、営業利益は£4、売上は£20、輸出額は£5増加
- デザインを重視する企業の株価は、S&P 500全体と⽐較して、10年間で2.1倍成⻑
- デザイン賞に登場することの多い企業(166社)の株価は、市場平均(FTSE index)と⽐較し、10年間で約2倍成⻑
※出典:産業競争力とデザインを考える研究会報告書『「デザイン経営」宣言』
デザインの投資効果に関して数値データが示されている資料は少ないため、これらを日本語向けにまとめることは意義がありますが、日本企業に必ずしも当てはまる調査結果ではないところは少し残念です。簡易的でも、デザインの投資効果を判断する計算式等が示されると、企業としては判断を下しやすいのではないかと思います。
3.デザイン経営の定義
上記に記載したデザイン経営の2つの役割を果たすための、デザイン経営の定義は下記の2点としています。
- 経営チームにデザイン責任者がいること
- 事業戦略構築の最上流からデザインが関与すること
※デザイン責任者とは、製品・サービス・事業が顧客起点で考えられてい
るかどうか、⼜はブランド形成に資するものであるかどうかを判断し、
必要な業務プロセスの変更を具体的に構想するスキルを持つ者をいう。
※出典:産業競争力とデザインを考える研究会報告書『「デザイン経営」宣言』
「事業戦略構築の最上流からデザインが関与すること」という内容に関しては、デザインの効果測定に関する調査報告書(METI/経済産業省)でも必要性が主張されていましたが、「経営チームにデザイン責任者がいること」という内容に関しては、今回初めて示された内容だと思います。実際にデザイン経営を実践するための方法として、組織的に責任者を置くというのは、非常に重要な点といえるでしょう。またこの責任者というのは、過去に経済産業省から発表された報告書で示された「高度デザイン人材」をイメージしているのかもしれません。
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4.デザイン経営の実践
デザイン経営の定義を実践していくための注意点としては、下記7つの点が重要であるとしています。
① デザイン責任者(CDO,CCO,CXO等)の経営チームへの参画
デザインを企業戦略の中核に関連付け、デザインについて経営メンバーと密なコミュケーションを取る。
② 事業戦略・製品・サービス開発の最上流からデザインが参画
デザイナーが最上流から計画に参加する。
③ 「デザイン経営」の推進組織の設置
組織図の重要な位置にデザイン部⾨を位置付け、社内横断でデザインを実施する。
④ デザイン⼿法による顧客の潜在ニーズの発⾒
観察⼿法の導⼊により、顧客の潜在ニーズを発⾒する。
⑤ アジャイル型開発プロセスの実施
観察・仮説構築・試作・再仮説構築の反復により、質とスピードの両取りを⾏う。
⑥ 採⽤および⼈材の育成
デザイン⼈材の採⽤を強化する。また、ビジネス⼈材やテクノロジー⼈材に対するデザイン⼿法の教育を⾏うことで、デザインマインドを向上させる。
⑦ デザインの結果指標・プロセス指標の設計を⼯夫
指標作成の難しいデザインについても、観察可能で⻑期的な企業価値を向上させるための指標策定を試みる。
※出典:産業競争力とデザインを考える研究会報告書『「デザイン経営」宣言』
①~③は組織運営上の工夫点です。それぞれの工夫点を実施することで、組織全体でデザインの優先順位を高める共通認識をつくることにつながります。
④に関しては潜在ニーズ思考で商品開発や、ユーザー体験を検討することでイノベーションの促進につながります。⑤は④の開発手法を効率化し、PDCAサイクルの回る組織の仕組みとして定着させることにつながります。
⑥については、デザイン経営を推進できる人材を外部から積極的に採用することと、すでに配置されている内部の人材にデザイン教育を行うことで、組織内でのデザインの重要性を高める取り組みです。①~③と近い内容ですが、先ほども触れた「高度デザイン人材」につなげたいという意図も感じられます。
⑦の項目は、デザイン経営を実際に機能させるうえで一番重要な項目だと思います。組織で何か投資を行う場合、その成果が見えなければ次の投資を行うことはできません。また、目標に対する実績を明確にすることができなければ、PDCAサイクル定着させることができません。デザインはそうした成果や指標を立てることが難しいため、これまで組織活動の中で重要性が低いままでした。組織に合わせた指標の策定については、より詳細な研究が今後必要になってくる項目ではないでしょうか。
注目点の確認
デザイン投資による効果の測定
上記ですでにふれたように、投資効果の数値で示されたことは、投資の後押しにつながるものだと思います。今後はその効果測定の方式が示されるとより投資が進むのではないでしょうか。
IOTやAI・ビッグデータといった技術の進歩に対応した研究
Iot・AI・ビッグデータなどに関連する項目としては、『「デザイン経営」宣言』の中では下記のように記載されています。
これらインターネットに接続された製品やサービスにおいては、顧客体験の質がビジネスの成功に⼤きな影響を及ぼすようになった。
※出典:産業競争力とデザインを考える研究会報告書『「デザイン経営」宣言』
そもそもまだIot・AI・ビッグデータ自体の成功例も多くないことから、この項目に関しては、産業全体の変化として、顧客体験の質が重要性を増しているという内容にとどまっています。
ただ意匠権の改正にあたっては、こうした産業の変化に合わせて、意匠に係る物品の記載要件を緩和するとしています。※後述
ブランディング
ブランディングを効果的に行うための明確な方法論は今回特に記載はありませんが、デザイン責任者が顧客からのフィードバックを製品・サービスに反映していくことで、ブランド力が向上していく、という記載はあります。デザインに素養のある責任者が一貫したコンセプトを浸透させていくことが重要な点ととらえることができるかもしれません。
ブランディングの向上につながる項目としては、次の意匠権の改正に関する項目のほうがより具体的です。
意匠制度
意匠制度の改正に関しては、報告書の別紙の資料にて詳細が記載されています。
http://www.meti.go.jp/press/2018/05/20180523002/20180523002-2.pdf
改正の項目としては下記のような項目が想定されています。
※ 報告書別紙『産業競争力の強化に資する今後の意匠制度の在り方』の記載項目から筆者が要約して記載しています。
1.保護対象の拡大
1.1画像デザインの保護
技術の高度化に伴いUI・UXデザインの重要性が高まっていることに加え、VR・ARといった多様な投影技術を活用したサービスが現れている。そうした技術を活用した画像デザインを保護できるように検討していく。
1.2空間デザインの保護
これまで建築物の内外装のデザインといった空間デザインを保護することはできなかったが、今後は保護できるように対象拡大を検討しているとのこと。
製品・サービスの顧客体験が重要性を増している中、体験の場としての空間デザインの重要性は高まっています。保護対象が拡大することで、空間デザイン活用が活発化するのではないでしょうか。
2.ブランド形成に資するデザインの保護
2.1一貫したコンセプトに基づく製品群のデザインの保護
最初に出願されたデザインが公開された後でも、一貫したコンセプトに基づく製品群の製品・サービスであれば登録できるように検討していくとのこと。
ブランドに関連する製品の保護がしやすくなれば、ブランドを高めやすくなるでしょう。
2.2意匠権の保護期間の延長
現在の意匠権の保護期間は登録から20年です。具体的にどの程度の年数延長するかは記載がありませんが、ブランド形成には長い期間を要するため、期間の延長はブランド力向上には寄与するはずです。
3.手続きの簡素化
3.1一出願で複数の意匠を保護
現在は一意匠一出願という原則がありますが、複数の意匠を一括で登録できるようにすることで、意匠権活用を促そうと検討しています。
3.2意匠に係る「物品」の記載要件緩和
意匠権の登録には、意匠に係る「物品」の区分を記載する必要があります。下記リンク先の別表一に物品区分の一覧があり、この項目が現代の製品区分に即していない(Iot・AIといった技術を活用するような物品の記載はない)ため、記載要件の緩和を図ることで手続きの負荷軽減を図るということを意図しているものと思われます。
3.3図面作成の記載要件の緩和
意匠権の出願手続きには図面の提出が義務付けられていますが、その緩和を行うことが検討されています。
まとめ
経済産業省によるデザインを主題とした大きな政策提言は、2003年の「戦略的デザイン活用研究会報告書『競争力強化に向けた40の提言』」以来、15年ぶりとのこと。公益財団法人日本デザイン振興会との共催で、『「デザイン経営」宣言』に関する公開カンファレンスが6/13・7/13に開催されるそうですが、公開からすぐに満席の状態になっていました。『「デザイン経営」宣言』への注目度の高さを感じさせるものであり、今後デザイン経営への注目度が高まることは間違いありません。
今回の『「デザイン経営」宣言』の中では、今後の政策提言に関しても記載があり、次回の更新でその点に触れていきたいと思います。