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経営に役立つデザインの情報を紹介します

第二章 中小企業へのデザイン導入の必要とその効果②

 

 

 

 

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 ※前章の記事

 

2.2デザイン導入の効果

 この章からはデザインを導入した際の効果について掘り下げていく。デザインの効果を考える上で、ハーバードビジネススクールのRobertHayesの整理した考え方が参考になる。彼は企業が行うデザイン活動の役割は大きく分けて4つあるとした。その要約は以下のようなものである。

 

①競争力促進ツールとしてのデザイン

優れたデザインは、製造コストの削減や、製品の品質や信頼性を高めるとともに、メンテナンスコストやリードタイムの削減に貢献する

②差別化ツールとしてのデザイン

機能、品質、価格、製造コスト、開発サイクルといった要素が似通ったコモディティ化が進んだ市場においては、優れたデザインが競合からの差別化要素となり、顧客に選ばれる商品となる

③統合ツールとしてのデザイン

優れたデザインを生み出す過程で、デザイン、エンジニアリング、マーケティング、製造といった開発の諸段階における人と機能が統合されることで部門間コンフリクトを解消し、開発プロセスの合理化を実現する。

④コミュニケーションツールとしてのデザイン

デザインは、企業のメッセージ、価値観、イメージを社内外に伝達し、共有させるコミュニケーションツールである。

 

 これら4つの役割を基に財団法人産業研究所が作成したデザイン効果項目が図表2.5である。今後この表を中心にデザイン導入の効果を考えていきたい。

図表2.5 デザイン効果項目

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出典:産業研究所「デザイン導入の効果測定等に関する調査研究 2006年」基に筆者作成

 

(1)信頼性の向上

 「2.1デザイン導入の必要性」で中小企業の信頼性向上の必要性と、それに対するデザインの有効性を述べた。それを裏付けるデータが先ほどの産業研究所『デザイン導入の効果測定等に関する調査研究』から出されている。内容としては、先ほどの図表2.5の効果項目を基に、グッドデザイン賞を受賞した企業に向け、効果項目の評価を依頼したものである。その結果をまとめた表が図表2.6である。

 表の説明として、対象は過去10 年間にグッドデザイン賞を受賞した企業100 社である。アンケート項目は先ほどの図表2.5各項目である。各項目については、「かなり効果があった」(2点)、「多少効果があった」(1点)、「あまり効果がなかった」(-1点)、「ほとんど効果がなかった」(-2点)の4択式としている。

 集計表では「かなり効果があった」「多少効果があった」を「肯定的回答」とし、その企業の割合を記載している。また、「平均点」の欄は、各項目の合計点数を回答企業数で除したものである。

図表2.6 デザイン効果項目調査結果

 

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出典:産業研究所「デザイン導入の効果測定等に関する調査研究 2006年」基に筆者作成

 この表を見ると企業イメージや知名度の向上といった項目に関しては8割を超える企業が肯定的な回答を示しており、企業の信頼度向上に対しデザイン活動の効果が高いことの裏付けとなっている。特にこの企業イメージや知名度といった項目は、全ての項目の中でも一番肯定的な回答が多く、デザインの効果が最も高い分野である。

 

図表2.7 デザインの企業イメージ向上への効果

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出典:産業研究所「デザイン導入の効果測定等に関する調査研究 2006年」基に筆者作成

 

 他にも、1.2.2でも触れた知的財産研究所の企業知財部門へのアンケート調査では、デザインの導入が企業イメージの向上に繋がったとする回答が、知財担当者では約6割、デザイン担当者では約7割に上っている。

 デザインの企業イメージ向上への効果を裏付けるデータは多い。実例を考えると、1990年代に多くの企業が導入し関心を集めた、CI(コーポレートアイデンティティ)という概念もデザイン要素を取り入れ、企業の信頼性、イメージの向上を図ったものである。

 もっと身近な例で考えてみれば、2.1でも取り上げたように、会社案内、会社HP等も、全く配慮のないデザインでは、その企業に対する信頼感は変わってくるはずである。会社案内を見た人が知りたい情報が的確に主張されているか、その企業の特長はどこなのか、それが見えない会社案内や会社HPでは見た人が一抹の不安を感じるであろうことは容易に想像できる。

 

(2)経営理念構築への効果

 信頼性の向上と同様に「2.1デザイン導入の必要性」で経営理念構築の必要を述べた。経営理念構築にもデザイン導入の効果があることが先ほどの資料から見て取れる。

 他にも、1.2.2でも触れた知的財産研究所の企業知財部門へのアンケート調査では、デザインの導入が企業イメージの向上に繋がったとする回答が、知財担当者では約6割、デザイン担当者では約7割に上っている。

 デザインの企業イメージ向上への効果を裏付けるデータは多い。

 実例を考えると、1990年代に多くの企業が導入し関心を集めた、CI(コーポレートアイデンティティ)という概念もデザイン要素を取り入れ、企業の信頼性、イメージの向上を図ったものである。

 もっと身近な例で考えてみれば、2.1でも取り上げたように、会社案内、会社HP等も、全く配慮のないデザインでは、その企業に対する信頼感は変わってくるはずである。会社案内を見た人が知りたい情報が的確に主張されているか、その企業の特長はどこなのか、それが見えない会社案内や会社HPでは見た人が一抹の不安を感じるであろうことは容易に想像できる。

 

(2)経営理念構築への効果

 信頼性の向上と同様に「2.1デザイン導入の必要性」で経営理念構築の必要を述べた。経営理念構築にもデザイン導入の効果があることが先ほどの資料から見て取れる。

図表2.8 デザイン効果項目調査結果 個別項目

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出典:産業研究所「デザイン導入の効果測定等に関する調査研究 2006年」基に筆者作成

 

 経営理念の再構築という項目に関しては6割以上の企業が肯定的な回答を示している。また社員の意識の変化という項目も肯定的回答が多い。社員の意識の変化とは、経営理念が明確にされることで現れる効果ともいえるため、効果の裏付けをより後押しするものとなっている。

 また、後述のブランドの構築という視点でも、経営理念の明確化は非常に重要な役割を持つ。知財研究所のアンケートによれば、ブランドに経営理念が反映されるべきかという問いに対し、企業のデザイン担当者の9割以上が、「はい」と答えている。

図表2.9 ブランドに経営理念が反映されるべきか

 

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出典:知的財産研究所 「企業の事業戦略におけるデザインを中心としたブランド形成・維持のための産業財産権制度の活用に関する調査研究報告書 2011年」より筆者作成

 

 デザインの活用が経営理念の再構築に繋がる例としては、アメリカのオフィス家具メーカー、ハーマン・ミラー社の例が挙げられる。

 同社は経営理念として「人間の問題解決を図る」ことをテーマとし、それを伝えるためのツールとしてデザインを明確に位置付けている。創業当初は至極一般的な家具メーカーに過ぎなかったハーマン・ミラー社が、このような理念を掲げるようになった切っ掛けは、ジョージ・ネルソンやチャールズ&レイ・イームズと言った世界的なデザイナーとの出会いである。「デザインは社会の変化に伴って生まれてくる人間の問題に対応しないといけない」(ジョージ・ネルソン)、「デザインは問題を解決するための適切な解答でなければならない」(チャールズ・イームズ)と言ったデザイナー達から学んだ思想を経営理念にまで高め、それを大切に受け継いできたからこそ、現在のトップブランドとしての姿があるとハーマン・ミラー社は考えている。デザインの導入が、経営理念を明確化する切っ掛けとなり、経営理念の再構築へと繋がった例といえる。

 

(3)価格競争回避への効果

 2.1で外部環境の変化から価格競争の回避への対策が急務であるということを説明してきたが、デザインの導入は価格競争回避に効果がある。ただし、効果を得るためには条件がある。

 図表2.10はデザインの導入が高価格設定に効果があった企業とそうでない企業を、デザイン活動の取組項目ごとに比較した物である。これをみると、効果のあった企業となかった企業で乖離の大きい項目は以下の3つになる。

 

①商品と連動した営業・広報戦略を策定すること

②競合他社の商品をデザイナーが十分に知ること

③デザイナーが経営視点を身につけること

 

 これらの項目に注意しデザイン導入を行えば、価格競争回避が可能といえる。

 ただし、これら3つの項目はいずれもデザイナーに経営戦略の視点を求めるものである。現実問題として中小企業が、このような高い能力を持ったデザイナーを見つけ適正価格で契約すること、商品デザインと連動した営業・広報戦略を独力で展開することは、非常に難しいことだろう。※後の章でも述べるが、このような条件を満たし明確に効果を上げるためには、企業とデザイナーを繋ぐ橋渡し役が必要といえる。

 また、企業とデザイナーとの橋渡しだけでなく、デザインを導入することで、企業や商品のブランド力を高めるところまで繋げることが求められる。

図表2.10 デザイン導入で「従来よりも高価格での価格設定」を実現した企業の特長 

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出典:産業研究所「デザイン導入の効果測定等に関する調査研究 2006年」基に筆者作成

 

(4)ブランド構築への効果

 デザインの効果はブランドの構築とセットで語られることが非常に多い。本論文でもデザイン活動をブランド化まで繋げることが重要だと主張してきた。

 ではまずデザイン導入がブランド構築に効果があるかという事を確認していきたい。知的財産研究所が行った企業へのアンケート調査によると、ブランド構築に重視すべきデザインは何かという選択式の問いに対し、「製品のデザイン」(63 者、約86%)及び「製品群のデザイン」(57 者、約78%)を回答した割合が高く、「ブランド構築にデザインを重視する必要はない」と回答した割合はゼロであった。このことから、企業はブランド構築には製品デザインが非常に重要な要素であると考えていることがわかり、デザインの効果を感じているといえる。

図表2.11 ブランド構築に重視すべきデザイン

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出典:知的財産研究所 「企業の事業戦略におけるデザインを中心としたブランド形成・維持のための産業財産権制度の活用に関する調査研究報告書 2011年」より筆者作成

 

 デザインの導入がブランド構築に効果があるということを確認したところで、今度はブランド構築がもたらす効果についても考えたい。

 先ほどから、ブランド構築は価格競争の回避が可能と主張してきたわけだが、ブランド構築の効果はこれだけに留まらない。一般的に効果があるとされる項目だけでも以下のように列挙することができる。

 

  • 参入障壁の構築
  • 競合に対する差別化による競争優位確立
  • 商品、サービスの選択確率向上
  • リピート率向上…etc

 

 これらの効果はブランドの知覚価値を高めることにより実現できる。そのためにデザインが核になることは言うまでもない。こうした効果は中小企業経営における競争優位の源泉となるだろう。

 また経済産業省による、ブランドがもたらす効果についての調査結果も存在する。「ブランド価値評価研究会報告書 平成14年」では、4000近い企業(上場・非上場企業含む)に対しブランドに関する質問とその結果が掲載されている。図表2.12はその中でも競争優位をもたらすブランド効果に焦点を絞ったものである。同図をみると、製品の高価格設定や、価格下落の防止、またシナジー効果による新市場開拓といった効果がデータにより示されている。

図表2.12 ブランドが経営に与える効果

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出典:経済産業省「ブランド価値評価研究会報告書 2002年」 基に筆者作成

 

 この図を見ると、

①競合に比べ高価格設定可能

②競合と同価格でも販売量が多い

③ブランドによるシナジー効果で新市場開拓が可能

 

 この3つの項目の値が高いことが見て取れる。①②の項目は、これまで主張してきた価格競争回避の裏付けとなるものである。また、ブランドによる知名度や実績等のシナジーを利用し新市場を開拓することにも効果があるとされている。どちらの効果も企業にとって大きな競争優位となりえるだろう。

 デザイン導入をブランド構築にまで高めることができれば、こうしたブランド効果も同時に期待することができるのである。

 

(5) 小括

  図表2.13 デザインが経営に与える効果 概念図

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 ここまでのデザインの効果内容を振り返ってみると図2.13のようにまとめることができる。まず経営理念の再構築という項目は、企業経営においては一番上の上位概念となる。

 この企業理念が明確に固まった上で、その企業理念を踏襲したブランド化や企業イメージの発信を行う。

 そしてそのブランド力・企業イメージを基に、価格競争を回避し、製品やサービスの高価格設定を実現する。

 こうしてみると、やはりデザインの導入は企業経営の下位概念でのみ導入しても効果が十分に得られないことがわかる。こうした一連のデザインの価値連鎖を実現するためには、中小企業診断士のような、企業経営全体を俯瞰してみることができる存在が、上手くデザイナーと企業の間に立って調整することが重要であるといえる。

 また、これらデザイン活動全体を統制していくには、機動性・柔軟性の高い中小企業のほうが望ましいこともわかる。

 

 

第二章 中小企業へのデザイン導入の必要性とその効果①

 

 

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 ↑前章の記事

2章 デザイン導入の必要性とその効果

 1章まで現状確認として、日本でのデザイン活動が他国に比べて相対的に後れを取っていること、デザインに対する消費者意識、生産者意識が高まっていること等を確認してきた。

 2章では、デザイン活動が何故必要なのか、導入によってどのような効果が期待できるのかといった点について内容を掘り下げていきたい。

 

2.1デザイン導入の必要性

(1)製品のコモディディ化による価格競争激化 外部要因製造業

 デザイン活動の導入がなぜ必要なのか、1つめの理由は新興国(とりわけアジア諸国)の技術力が向上してきたことによる、製品のコモディティ化の進展である。

 2013年版ものづくり白書の冒頭(※3P)では「我が国経済を支えてきたものづくり産業の揺らぎ」と題して1960年代~2010年代にかけての国内外のものづくり産業の変化を示している。同資料によれば、日本でのものづくり産業は1960年代~80年代の間こそ「ジャパン・アズ・ナンバーワン」とも言われ高い技術力・競争力を誇っていたが、1990年代以降は日本がバブル崩壊による景気低迷にあえぐ中、中国や韓国をはじめとする新興国に技術・品質面での差を大きく縮められてしまった(コモディティ化が進んでしまった)と書かれている。中でもエレクトロニクス産業はコモディティ化が顕著である。同資料99Pからは製造プロセスのデジタル化や、製品そのもののデジタル化によるコモディティ化を取り上げている。

製造プロセスのデジタル化

 CADやCAM、NC旋盤やマシニングセンタ等を活用することでより設計や製造がデジタル化され、技術者の熟練度による製品品質の差異が減少した。

製品そのもののデジタル化

 製品がデジタル化されていく中で、製品の部品同士のインターフェイスを標準化させる動きが進み、各部品を組み合わせれば製品を完成させることができる「モジュール化」が進んだ。これも技術面での製品の差別化を困難なものにした。

図2.1 日本のものづくり産業での技術競争力の変遷

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出典:経済産業省 「2013年版 ものづくり白書」より筆者作成

 

 このようにコモディティ化が進んだ製品・産業は新興国との技術面での差別化が困難になるため、価格競争を強いられることとなり、収益性の確保が難しくなる。図表2.2をみると、中国・韓国企業との競争を強いられる際には営業利益の減少傾向が大きいことが見て取れる。

図表2.2 中国・韓国企業と競合すると利益面で苦戦

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出典:経済産業省 「2013年版 ものづくり白書」

 

 また、同資料60pでは技術力の源泉である研究開発の量的・質的な低下がみられるとしている。図表2.3を見るとわかるが日本はリーマンショックの2008年以降研究開発費が減少しているのに対し、その他各国は研究開発費の増加を続けている。なかでもとりわけ中国・韓国の増加率は急激なものであり、今後もこの流れが続くものと思われる。

こうした状況を見ると、少なくともしばらくは日本がかつてように「ジャパンアズナンバ-ワン」と呼ばれるような技術競争力を取り戻すことは難しいであろうことが予測される。

 1.2.2で企業の側も機能だけでなくデザインでも競合と差をつける必要があると感じていることが見て取れたが、その背景にはこうしたコモディディ化の進展が大きく作用しているものと考えられる。

 以上の内容から考えると、ものづくり・製造業において技術面での差別化を打ち出していくことは容易ではなく、技術面以外での差別化要因がなければ、価格競争から脱することは難しいと言えるだろう。

 本論文ではその差別化要因としてデザインを提唱したいのである。

図表2.3 企業部門の研究開発費の推移

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出典:経済産業省 「2013年版 ものづくり白書」

 

(2)価格競争の回避

 ものづくり産業・サービス業ともに価格競争が激しく、新たな差別化要因が必要であるということを確認してきた。

 当たり前のことであるが、企業にとって価格競争は避けられればそれにこしたことはない(価格競争の果てに市場を独占することができるのなら話は別だが)。価格競争を回避していくためにもデザイン活動は必要である。

 2013年版ものづくり白書116Pではコモディティ化が進行する中でのブランド戦略の必要性を主張している。近年大きく台頭してきた企業の代表例としてアップルやサムスン電子があるが、これら2企業とも近年急速にブランド価値を高めていることが示されている。そして、これらの企業はブランド価値だけなく、企業としての業績も近年急速に伸ばしている。

 後述するが、デザインはブランド形成に大きく効果を表すものであり、デザイン活動をブランド構築までしっかりと繋げることができれば、価格競争の回避を実現できる。

 

(3)中小企業でこそ必要性が高い

 デザイン活動の導入は、中小企業では特に遅れがちであるが、それは決して中小企業では効果が薄いからというわけではない。むしろ私は中小企業でこそ導入の効果は高く、また運用も大手企業に比べて容易であると考えている。

イノベーションのジレンマ

 大手企業の市場でのポジションはコトラーマーケティング戦略の4類型でいえば、リーダーであることがほとんどである。リーダー企業がとるべき戦略のセオリーとしては、商品のフルライン化による市場シェアの確保と、競合他社の差別の効果を相対的に下げるための同質化である。これは企業に既にしっかりとした認知力・ブランド力があって成り立つ戦略といえる。

 しかし、リーダー企業はセオリーの戦略を守らんとするために、自らがイノベーションを起こすことは難しいことが多い。そのため、常にリーダーのポジションを維持できる企業は少なく、チャレンジャーやニッチャーといった企業が起こすイノベーションによってそのポジションが入れ替わることになる。

 デザインとはコミュニケーションのツールであり、その効果が強く働くときというのは、製品の革新性や競合との差別化要因を、一貫性を持って伝えるときである。イノベーションの原動力にもなりえる要素である。

 リーダー企業が展開する戦略の中心はフルライン化や同質化であり、その事業の展開範囲の広さから、相対的に「一貫性を貫く」というのは難しくなってくる。であればデザインの効果を最大限に発揮するのも難しいといえる。イノベーションのジレンマに陥るのと同様にである。2000年前半、携帯電話業界でトップをひた走っていたドコモが、当時チャレンジャー企業であったauに、デザイン携帯インフォーバーを市場に投入され、シェアを脅かされたのは代表的な例である。

 では一番効果的にデザインを活用できるのはどのポジションの企業なのか。それはニッチャー企業である。チャレンジャー企業もリーダー企業より適しているといえるが、ニッチャー企業が一番適していると私は考えている。その理由は①市場規模と②統制の容易さの2つである。

②市場規模

 大手企業はその規模の大きさから企業の維持にかかるコストも比例して高くなる。そのゆえに一定以上の収益性が必要になってくる為、それに見合う市場規模を必要とする。それに対し中小企業は組織の維持費が相対的に低く済むため、特定のターゲットへとしっかりと絞り込める。

 日本の大手家電メーカーの製品が、市場規模を増やすためにターゲット層を広げ、そのニーズを満たすために多機能となり、コンセプトがぶれるというのはその典型的な例である。

 そのため、市場規模を絞り、ターゲットを絞ることができる中小企業のほうがその活用性は高い。

③統制が容易

 先述の通り大手(リーダー)企業はフルライン化が基本戦略である。そのため広く展開した製品に一貫性を持たせるよう管理・統制するのは容易ではない。さらに、大手企業はその従業員の多さから組織が複雑化することが多く、社内の意思統一を図るためにかかるコストは非常に大きい。

 それに引き替え、中小企業では製品ライン、従業員数が少ないがゆえに製品に一貫性を持たせやすく、また社内の意思統一への迅速な対応が可能なのである。アップルを例にすれば、今でこそ社員数は多いが、製品ラインはimacipodiphoneipadのみである。圧倒的に絞られた製品ラインと言える。

図表2.4 市場ポジショニング

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出典:Philip Kotler 競争地位別戦略より筆者作成

 

(4)事業基盤の安定化のために

①創業後の企業が10年で何割生き残れるか

 創業後10年までどれだけの会社が生き残ることができるか。諸説ある話だが、いずれも創業から10年間、企業を存続させることは非常に大変だと言われている。

 創業まもない企業は、ノウハウ・認知度・信頼度といった要素が、老舗企業と比べ低くならざるを得ない。たとえ創業当初スタートダッシュに成功したとしても、事業基盤を固めるところまでは至らず、廃業を余儀なくされる企業は少なくない。長期的に事業基盤を安定させ、企業を維持していくというのは並大抵のことではない。企業の本質がゴーイングコンサーン(永続事業体)であるといわれるのもそれが理由である。

②経営理念が曖昧な企業の多さ

 企業を維持・存続していくうえで重要な要素として経営理念が明確に確立されているかどうかという問題がある。「帝国データバンク『百年続く企業の条件』朝日新聞出版、2009年」によれば、経営破綻を起こす企業の多くが、経営理念が曖昧であると語られている。自社の経営理念・ドメインが明確に定義されていなければ、企業として向かうべき方向が定まらず、自社にノウハウは蓄積しない。

 後述するが、デザインの活用は自社の企業理念の再定義の切っ掛けとなり、企業理念の定着に効果がある。

③ターゲットが曖昧な企業の多さ

 企業理念が曖昧な企業は、必然的にその顧客ターゲットも曖昧になるものである。

 短期的には、とりあえず売り上げの見込みが高いところへアプローチを集中したほうが、成果がでることもある。だが長期的な視点で考えれば、経営理念や企業戦略に基づく顧客ターゲットを設定すれば、その分ノウハウや企業の認知度といった要素は効率的に上がっていくはずである。

④知名度・信頼度の向上

 企業を維持していく上では、知名度や信頼度も当然必要となる。多くの人が新規の取引先との商談に臨む際には、その企業の知名度や信頼度をまず気に掛けるはずだ。創業まもない企業は、歴史が浅いだけにこれらの要素が不足しがちである。

 では歴史や知名度が浅い企業と新たに取引を検討する際に何を基準に判断するか。それは会社案内や会社HP、成果物の「見た目」ではないだろうか。「人は見た目が9割」という本が刊行され注目されたことは記憶に新しいが、初対面での判断基準の多くを占めるのは見た目である。「見た目より中身こそが重要」と考える人は多いだろうが、それはあくまで初対面でのコミュニケーションに成功した後の話である。初対面でのコミュニケーションでその後に繋げることができなければ、中身の良さを伝えることはできない。その意味でも、デザインが信頼を得るために重要な要素となる。

 ここでいう「見た目」とは、何も外見がスタイリッシュであるということではない。伝えたいことが伝わる見た目になっているかということである。例えば、会社HPが非常に簡素な造りで、どこをクリックすれば自分が知りたい情報が見ることができるのかわからないような造りであった場合、その企業に対する信頼感は間違いなく下がるだろう。見た目を改善し、信頼度を高めるとはそういった意味である。

 

(5)小括 

 ここまでのデザイン導入の必要性についての内容を振り返ると、まず一つ目には外部環境の変化に対する対応の必然性が挙げられた。グローバル競争のなかでは、もはや技術だけでは価格競争を回避することはできないことを確認した。

 二つ目には中小企業のデザイン導入優位性についてである。技術力に変わる競争要因としてデザインを考えた際に、規模の大きい企業に比べ中小企業はデザインを活用しやすいことを確認した。

 三つ目には組織内部の再強化の必要性である。デザインを導入することで、中小企業では曖昧になりがちな企業理念やポジションといった、企業自身の自己把握の必要性を見てきた。

 以上の三つの点から、デザイン活動の導入が、取り分け中小企業において必要であることを確認した。

 

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第一章 日本におけるデザイン活動の現状②

 

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1.2.2デザインに対する消費者意識の高まり

(1)消費マインドの変化

 デザイン導入の必要性を説くに当たり、消費者マインドの変化というのも一つの重要な要素として取り上げておきたい。

 単純にデザインに関する関心が高まっていることを示すデータとしては、日本産業デザイン振興会が行った「第一回デザインに関する意識調査」の中でデザインに関する興味・関心を聞いた質問があり、世代に関わらず約7割もの人がデザインに対し関心を持っていることが分かった。

 

図表1.5 デザインに関する意識調査

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出典:公益財団法人日本デザイン振興会 「第一回意識調査 2007年」より筆者作成

 

 また、日本政策投資銀行資料(※直、正式名)によれば、グローバルレベルでのコモディディ化が急速に進む中、デザイン性・ファッション性に優れた製品は発売後も製品価格の下落幅が小さく、デザインが消費者の支持獲得、付加価値向上に一役買っていることが主張されている。図表1.6は掃除機を対象に、発売から一年間、販売価格の推移を集計したものである。その中で、デザイン性に優れた製品は一般的な製品に比べ、終始価格下落を小さく抑えていることが示されている。

 

図表1.6 家電に見る商品の主な特徴別価格指数推移の一例

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出典:日本政策投資銀行 「デザインイノベーションによる関西企業の高付加価値化戦略 2013年」

 

 他にも、経済産業省「生活者の感性価値と価格プレミアムに関する意識調査」によれば、自分のこだわりのあるものなら価格が高くても購入すると考えている人が8割近くにも上ることが分かった。

 コモディティ化が進む一方、デザインやブランドといった価値観にはある程度お金を払っても良いという消費者意識があることがうかがえる。

 

図表1.7 商品購入におけるこだわり意識

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出典:経済産業省「生活者の感性価値と価格プレミアムに関する意識調査 2006年」基に筆者作成

 

図表1.8 製品開発におけるデザインの開発の役割は高まるか

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出典:知的財産研究所 「企業の事業戦略におけるデザインを中心としたブランド形成・維持のための産業財産権制度の活用に関する調査研究報告書 2011年」より筆者差作成

  

図表1.9 デザイン開発の役割が高まっていく理由(質問D-10)

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出典:知的財産研究所 「企業の事業戦略におけるデザインを中心としたブランド形成・維持のための産業財産権制度の活用に関する調査研究報告書 2011年」より筆者作成

 

 また、消費者だけに限らず、生産者側においてもデザインに関する関心は高まりを見せている。図表1.8は知的財産研究所平成23年に行った企業の知的財産部門に対して行ったアンケート調査の結果である。図表1.8を見ると製品開発におけるデザイン開発の役割が今後高まっていくかという問いに対して9割以上の企業が高まるとの見方を示している。

 これだけでもデザイン導入の必要性を感じさせる内容だが、さらに先の質問でデザインの役割が高まるであろうと答えた企業の、答えた理由を調査した結果が図表1.9である。

「機能・性能で差をつけるだけでなくさらにデザインでも差をつける必要があるから」(49 、70%)、「機能・性能による製品の差別化が難しいから」(43 、約61%)等、製品の差別化への活用の必要性を感じる内容のものが多いだけでなく、「消費者がデザインでモノを選ぶ時代であるから」(40 、約57%)といった消費者の意識の高まりに引っ張られる形で、デザインの必要性を意識している回答も多く、デザインに対する消費者意識の高まりを裏付ける内容となっている。

 

(2)感性価値の台頭

 こうした中、経済産業省では感性価値という言葉を作り、推奨している。

「感性価値」とは、生活者の感性に働きかけ、感動や共感を得ることによって顕在化する価値、とされている。現在の日本では長引く景気低迷によるイノベーションの減少や、新興国の急激な台頭により、機能や価格といった評価軸だけでは差別化を行うことが困難になりつつある。そうしたなか、作り手の感性や想い、コンセプトといった「物語性」が消費者に伝わることによって新たな付加価値、新たな評価軸が生まれるものとして期待されている。

 この感性価値を高めるため、消費者に訴える際に、デザインが大きな役割を果たすものと期待されているのである。

 この章で見てきた、消費者からのデザインへの関心が高まっているという意味でも、企業経営にデザインを導入する必要性・意義が高まっているといえるだろう。

 

(3)小括

 ここまでデザインに対する消費者、生産者両側からの関心の高まりを見てきた。時代の移り変わりと共に、消費者の意識や重要視する要素は確実に移り変わっており、一般消費者レベルまでデザインを選別要素とする動きが広まっていることがわかる。そして敏感な生産者・企業側は、その動きをいち早く察知しており、差別化要因や付加価値要素として、デザインの重要性を感じ取っていることがわかる。

 

※次章記事↓

 

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第一章 日本におけるデザイン活動の現状①

 第一章 日本におけるデザイン活動の現状

1.1はじめに レポート作成の背景・目的

 今回の論文のテーマは企業経営とデザインを組み合わせたもので、一般的にはあまり取り上げられていない内容である。現に、中小企業診断士のネットワークの中でも、デザインをテーマにした研究会や集まりは決して多くはない。
 しかし、私個人としては経営におけるデザインの重要性を強く感じている。とりわけIT・Web関連の業界では日に日にその関心・重要性は高まっているといえるだろう。そうした中で何故この両分野は歩み寄ることができないのか。率直な印象としては、デザイナーと経営に携わる人間の間には心の壁があるからではないかと私は考えている。
 私の父はデザイン業を営んでいる。その父との会話の中でいつも感じることは、経営や利益追求といった考え方に対する抵抗感である。また、中小企業診断士に関連する人たちとの会話の中に、デザインという概念はほとんど出てこない。
 私の周囲の人たちを基準に全てを決めつけるつもりはないが、私はこうした日々の体験から、両者の隔たりを解消するためには、デザインが経営に与える効果の数値データや、両者の橋渡しをする存在が必要なのではないかと考え、論文のテーマに設定するに至ったのである。
 論文の作成にあたっては、デザインという概念の曖昧さや、同様の先行事例の少なさといった理由から、思うように進まない事も多かったが、本論文が少しでもデザインと中小企業診断士を繋ぐ橋渡し役になれば幸いである。

 

1.2本レポートでのデザインの定義

 デザインと一口に言っても、世間一般に認識されているデザインとはひどく曖昧なものである。デザインという言葉を日本語に置き換えると、「意匠」や「設計」といった言葉になる。しかしその言葉が指し示すものは、時には製品の外観、意匠、スタイリングだけを指すことも有れば、企業や組織の戦略といった概念的なものを設計することを指すこともあり、さらに概念的な、法律や制度といった仕組みを設計するといった意味合いで使われることもある。一般的には、外観や意匠といったデザインの事を「狭義のデザイン」、概念的なもの設計する意味でのデザインの事を「広義のデザイン」と定義されることが多い。その名の通り「広義のデザイン」は対象範囲が非常に広いため、「広義のデザイン」の対象範囲まで、本論文での対象範囲を広げると、調査活動が膨大なものとなってしまうため、本論文でのデザインの対象範囲をある程度限定したい。

 デザインとはもともと曖昧な概念でもあるため、その対象範囲の境界線を明確に線引きすることは難しいが、今回は企業の「プロダクトデザイン」を軸にした活動に限定する。

具体的には、製品のスタイリングを行う際に、企業の理念を統一して表現するために必要となる、企業ドメインの再定義といったプロダクトデザインに関連する活動に限定するものである。

 

1.3日本でのデザイン活動の現状

 日本でのデザイン活動に対する意識は決して高くない。中小企業であればなおさらである。近畿経済産業局のレポートによれば、大阪の中小企業は23%しかデザイン業を活用したことがないというデータもある。

図表1.1 大阪市内中小企業におけるビジネス支援サービス業の活用経験比率

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出典:近畿経済産業局「近畿におけるデザインビジネスの活性化方策に関する調査報告書 2008年」

 

 また、経済産業省「2007年度版ものづくり白書」では、「我が国では全体的にデザイン部門の企業内での位置づけが相対的に低く、技術部門・営業部門の要望が優先される傾向にある」との指摘がなされており、日本の経営においてはデザイン部門が相対的に低く位置づけられている現状がある。

なぜデザインに対する意識・評価が高くないのか、その理由は大きく分けて3つある。

 

(1)心の壁

 まず一つ目の理由は、中小企業経営者に多くみられる「自分にはデザインはわからない」という、心理的な拒否反応である。「売れるデザインの発想法 (木全 賢 著)」によれば、デザインコンサルタントである著者が出会った中小企業経営者の多くが、デザインに対して強い拒否反応を示したとある。心理的な問題など、気持ちの持ちようで何とでも改善できると思うかもしれないが、これは非常に根深い問題である。

 著者によると、とにかく中小企業の経営者の多くが、デザインの良さ・効果を実感したことがないことが、デザイン導入に繋がらない大きな要因であると書かれている。中小企業では、デザイン活動にまで力を注ぐ余裕のある企業は多くないため、そもそもデザインに関わる機会が少ない。そのため、まずはデザイナーと付き合い、デザインと関わることが、心の壁を取り除く第一歩と主張されている。

 また、「デザイン導入の効果測定等に関する調査研究」にも、この心の壁と似たような内容が書かれており、同研究では4つの壁がデザイン導入を妨げていると書かれている。

 

①技術至上主義の壁

 デザインは製品の外観を整えるだけの表面的なものという認識があり、技術こそが製品の本質的な要素だと思われている。

 特に日本では以前から技術至上主義の傾向が根強く、デザインに対して、本腰をいれて向き合ってこなかった経緯がある。2007年ものづくり白書にも技術・営業が優先されてきたことが示されている。

②費用対効果の壁

 デザインの導入を検討するに至っても、どれだけの効果が具体的に得られるのかが不鮮明なため、導入に踏み切ることができない。

③トラウマの壁

 高いデザイン料を払ったにもかかわらず、売上が上がらなかった、デザイナーと大喧嘩した等の失敗経験がトラウマとなっており、デザイナーと二度と関わりたくないと考えている。

④体力の壁

 デザインの導入を検討するに至っても、デザイナーに関する情報を収集したり、デザイン料を負担する余裕がない。

 

 ①の壁は、デザインの意義や効果に対する理解不足が要因であるため、デザインの有効性と効果を明確に打ち出していく必要がある。

 

これらの4つの壁のうち、①③は心理的要因によるもの、②④は資金的要因によるものと分けることができる。

心理的要因に関しては、デザイナーやコンサルタントといった立場からデザインの意義や効果を積極的に提唱していく必要がある。また場合によっては企業とデザイナーを繋ぐコーディネーターのような存在が上手く間に入ることで、相互理解を深め心理的壁を取り払うといった取り組みも必要である。

資金的な要因に関しては、政府による、デザイン導入に対する補助金といった支援策の充実と、コンサルタント等による支援策の周知が求められる。

図表1.2 デザイン導入時障害となる壁

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出典:産業研究所「デザイン導入の効果測定等に関する調査研究 2006年」基に筆者作成

 

 この後の章でも掘り下げるが、この二つの要因を解消することができなければ、企業、特に中小企業にデザイン活動の導入を進めることは難しいだろう。

 

(2)日本のデザイン政策の遅れ

 2つ目の理由は日本のデザイン政策が、近年諸外国に比べて後れをとっているということである。

 具体的にどう後れをとっているのか掘り下げるために、まずは日本におけるデザイン政策の変遷を整理する必要がある。

図表1.3 日本のデザイン政策の変遷

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出典:経済産業省HP 「日本のデザイン政策の変遷」より筆者作成

 

 この表を見ると、まず日本のデザイン政策とは、日本製品の模倣に対する先進国の批判から始まっていることがわかる。その為、1950年代後半は模倣品防止のための政策が多い。

 その後、乱暴にまとめてしまうと1990年代まで、模倣防止・知的財産権の認識向上とデザインの重要視する文化を定着させるため、デザインの啓蒙活動を中心とした政策を続けていく。

 しかし、1990年代後半に入ると、知的財産権の重要性やデザインの必要性がある程度認識されたことを受けて、デザイン政策は一時終息する。

 そして2000年代からは一転してデザインを積極的に活用していこうという路線に内容が変わっていく。この背景には、新興国の台頭やバブル崩壊後の不況により国内産業競争力の強化が急速に必要になっていったという理由がある。

 特に新興国の技術力の台頭は著しく、これまで日本の産業界が得意としてきた、技術力・機能性といった分野でも、アジア新興国との差は急速に縮まっていった。造りだす製品を技術や機能により差別化を図ることが難しくなり、人件費などの製造コストを如何に抑えるかという苦しい競争の時代が到来する。

 そんな中、新たな差別化要因といて注目され始めたのがデザインであり、バブル崩壊後に長引く景気低迷の打開策の一つとして注目され始めたのである。

 では以上の日本のデザイン政策の変遷を踏まえた上で諸外国の政策と比較をしてみたい。

 図表1.4にはデザイン先進国としてイギリスとフランスを、デザイン新興国として韓国と中国を掲載している。これらの国のデザイン政策の特長としては、①政府による強力なトップダウンによりデザイン政策を進めている点(フランスは例外)②中小企業向けのデザイン活用のための支援策が充実している点(資金面・サービス面共に)③デザイン感覚を養うための教育支援サービスが義務教育の段階から充実している点、以上3点が挙げられる。

図表1.4 各国のデザイン政策の特長

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出典:近畿経済産業局「近畿におけるデザインビジネスの活性化方策に関する調査報告 2008年」より筆者作成

 

ここまで日本のデザイン政策と各国のデザイン政策を確認してきた。両者を比較した上で、日本のデザイン政策の課題点をまとめてみたい。課題点は大きく分けて5つである。

①日本のデザイン政策の本格化が遅れた

 前述のとおり日本のデザイン政策は2000年代中盤から本格化しており、諸外国に比べて遅い。イギリスでは1997年からブレア内閣のもと、「クールブリタニカ」(クリエイティブ産業による10億ポンド規模の市場の開拓と,雇用創出を目的とした政策)の推進を目指し,国家によるデザイン活動の積極支援を行っている。また、デザイン先進国だけでなくデザイン新興国である韓国でも、1997年のアジア通貨危機を打破する手段の一つとして、同年に「工業デザイン促進法」が施行され、韓国デザイン振興院(KIDP)が設立されている。韓国は国よる強力なトップダウンでデザイン振興を進めており、その成果は韓国大手家電メーカーの勃興からも見て取れる。

②デザイン事務所やデザイナーへの支援策が弱い

 日本では一般企業向けのデザイン支援策はある程度ある一方、デザイン事務所に対する支援策は弱い。それに対しイギリスではデザイン事務所に対する優遇税制や資金の優遇貸付等といった支援策が整備されている。

 韓国では,毎年若手デザイナーを10人ほど選抜し,海外留学や展示出展費用390万円を助成する。また,デザイナーによる独自ブランドの立ち上げも積極的に支援している。

③全体的に支援策の予算規模が小さい

 イギリスは税制優遇・貸付制度の規模が720億円である。韓国では韓国デザイン振興院に年間150億円規模の予算が設定されている。いずれも日本の支援規模に比べ大きい。

④デザイン教育の遅れ

 イギリスや中国ではデザインが義務教育に組み込まれている。韓国では「韓国青少年デザイン展覧会」で国家表彰を行っている。フランスでも中等教育の段階からデザイン教育を導入している。

 世界的にデザインが高度化し、ものづくりにおいて考慮すべき要素が専門化、多様化、している中でデザイナーには、商品の外観・見た目だけをスタイリングするテクニックだけでなく、企業・部門間の「調整力」や「マネジメント力」など総合的な能力が要求されている。(近畿におけるデザインビジネスの活性化方策に関する調査報告書 24p)

 しかし、日本の高等教育機関においてはそのような総合的な能力を身につける教育がなされているとは言えない。我が国のデザイン高等教育は、プロダクト、パッケージ、空間、テキスタイルといった分野ごとに細分化された専門的なデザイン手法を教えることに重点が置かれている。そうした中で経営感覚を持ったデザイナーを育てるような総合的教育は多く行われていないのが現状である。

 一方、米国、英国等では、デザイン教育機関、ビジネススクール等において、デザイン教育とマネジジメント教育を融合させ、経営感覚のあるデザイナーを育てる教育に力を入れつつある。

 

(3)効果の数値の困難さ

 デザイン導入の必要性を、手っ取り早く感じてもらうためには「デザイン導入により売上高が○%上昇した」といった情報を掲示することが一番であろう。しかし、こうした情報を掲示するには、デザインが売上高に対しどの範囲まで影響したのかということを特定することが必要になる。それは非常に困難なことであり、それぞれの企業特性によって、影響の度合いや、効果が表れるまでの期間などが異なる。そのため、デザイン導入の明確な数値的効果が示されてこなかった。このことも、デザイン導入が進みにくい理由の一つである。

 ここでも国が主導し、明確な基準となるデザインの定義を、多少乱暴にでも設定することが求められる。

 

※次章記事↓

 

design-management.hatenablog.jp

 

カテゴリ「過去作成レポート」について

 ブログ管理人が、中小企業経営におけるプロダクトデザインの有効性について、個人的に過去に作成したレポートがあるため、「過去作成レポート」というカテゴリーでその内容を細切れにして掲載していきたいと思います。

 このカテゴリーの記事には下記のような特徴が出てしまうと思いますが、せっかくなので参考程度に掲載していきます。

  • 過去に作成したものの為、使用する統計データなどが少し古い
  • 実は管理人が中小企業診断士の登録養成課程の中でのレポートとして作成したものであるため、中小企業診断士の視点が多く出てくる
  • このレポートでは、「デザイン」の定義を「プロダクトデザイン」に限定している
  • 文章などが稚拙