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経営に役立つデザインの情報を紹介します

第三章 デザインコーディネーターとしての中小企業診断士③

 

 

3.3コーディネーターに求められるもの

(1)デザイナーと企業との橋渡し役として必要な能力(対企業)

 コーディネーターとして必要な能力として、デザイン活用企業側が自身でも明確になっていない「潜在的要求」を如何に引出し、具体化させるかという点が重要である。

 この潜在的要求を如何に引き出すかという点においては、類似資格である「ITコーディネーター」でも、その重要性が指摘されている。

(ITコーディネーターに関しては、分野こそ違うものの、デザインコーディネーターを考える上でベンチマーク対象として非常に参考になる部分が多い為、今後も度々参照していく)

 中小企業診断士は常日頃から企業診断を行う中で、顧客の潜在的要求、言わば顧客ウォンツを掴む訓練を続けているはずである。こうした能力を活用し、さらに高めることでデザインコーディネーターとしての能力も比例して高くなるものと考えられる。

 

 

①トータルで一貫したデザイン戦略を通す力

2.3デザイン成功要因・失敗要因でも見てきたように、デザイナーや企業のデザイン部門を経営の川上から部門横断的に参加させていく必要があることを確認した。デザイン導入の経験が浅い企業の場合、他部門と連携を取る際にコンフリクト、セクショナリズムが発生する可能性が予想される。そうした際に、第三者的立場の人間が潤滑油の役割を果たしていくことは必要である。

そうした意味では、企業内でのデザイン導入のコンセンサスを得るためのファシリテート能力も求められてくる。ITコーディネーターでも同様の理由でファシリテート能力は重要視されている。

また、一貫したデザイン戦略を遂行する、いわばデザインマネジメント能力をどのようにして高めるかという点においては、図「デザイン・ブリーフ」や「デザインマネジメントの体系(仮)」が参考になる。

デザイン・ブリーフは、デザイナーと企業とのブリーフィングの際に、①プロジェクトの目的の明確化②依頼する業務範囲の明確化③予算や期間等制約条件の明確化、④その他必要情報の共有⑤共通認識と信頼感の醸成、といった内容を確認するための項目を洗い出したものである。

図表3.3: デザイン・ブリーフに記載すべき項目

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出典:産業研究所「デザイン導入の効果測定等に関する調査研究 2006年」

 

 デザインマネジメントの体系は、産業研究所が「デザイン導入の効果測定等に関する調査研究」の中での企業への調査結果から、デザイン導入を成功させるために重視すべきキーファクターが明らかにし、整理し体系化したものである。

 

図表3.4:デザインマネジメントの体系 

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出典:産業研究所「デザイン導入の効果測定等に関する調査研究 2006年」

 

 デザイン導入プロジェクトにあたり、抜け漏れの防止や、事前の内容説明、プロジェクト遂行の流れを体系立てて掲示していくことは必要である。

 

 

②成功事例の共有、一般化

 本論文1.2「日本でのデザイン活動の現状」で、中小企業のデザイン活動導入には心理的な壁があることを述べた。デザインコーディネーターとしては、こうした心理的抵抗のある企業に対しても手を拱いているばかりではなく、積極的にデザインの必要性と効果を啓蒙していく必要がある。

 デザイン導入に馴染みのない企業に対し、その必要性を提案する際に以下のような点を意識する必要がある。

 端的に導入の必要性を感じてもらうには、実際の導入成功事例を説明することが効果的であろう。実例を見聞きすることで、心理的不安はいくらか解消できる。

 成功事例は信頼性の面から考えて、政府機関などの公式の組織による情報が望ましい。多少古いデータにはなるが、経済産業省が平成15年とりまとめた「中小企業におけるデザイン成功事例」(http://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/mono/human-design/success-story2.html)が参考になる。他にも、経営の視点から見たデザイン導入の成功事例を常時収集し、掲示していくことが必要である。

 

③デザイン導入の意義、効果を体系立てて提案。

 デザイン導入の成功要因の部分でも、「デザイン導入に対する社内のコンセンサスを作る」ことが重要だという事に触れた。社内にデザインを導入する必然性が生じていなければ、積極的に導入を推し進めることはできず、本来の効果を発揮することはできない。また、社内にデザイン導入の必然性を根付かせるには、付随して経営トップのデザインへの理解も不可欠である。トップの理解が重要であることは「2.3デザイン成功要因・失敗要因」でも触れたところである。

 こうしたデザインへの理解を根付かせるために、本論文で確認してきた、導入の必然性とその効果を体系立てて説明し、理解を浸透させる活動も、デザインコーディネーターには必要である。

 

④効果を実感してもらうために段階的に提案

 最初から経営全体でデザイン活動を導入してもらうのはハードルが高く、実現に至らない可能性が高い。ITコーディネーターでも、その活動範囲を段階的に設定しており、ITからデザインに分野置き換えても、その段階を踏むという点は参考になる。

図表3.5: 情報投資企業の要望・成熟度に合わせた段階的提案

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出典:特定非営利法人 ITコーディネーター協会「ITC実践力ガイドラインver.1.0 2010年」

 

図表3.6 段階的デザイン導入プラン

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 「デザイン簡易相談」では、簡単なデザインのアドバイス、ちょっとした会社案内、HPの改善といった、いわばお試し版である。

 「デザイン関連顧問」は、対象企業のデザインの関わる分野の顧問として、定期的にアドバイス等を行う。

 「特定プロジェクトでの導入マネジャー」は、特定の商品やサービスにおいてデザイン導入を推し進める、実行に近い役割を担う。

 「全社的導入マネジャー」特定の製品等に限定されず、全社的に経営層の上の段階から導入を後押しする。経営理念の再定義から事業戦略の立案等を交えながら、デザインの活用を模索する。

 以上のように、ある程度対象企業のデザイン活用の成熟度や関心具合などを見極め、段階的にプランを提案することで、心理的抵抗を減らすものである。

 

⑤プル戦略の浸透

 通常デザインの活用というと、デザイナーや、広告代理店などからのセールスを受けることを想像する。デザイナーなどからの営業活動はプッシュ戦略かプル戦略かで言えば、プッシュ戦略に該当するものである。プッシュ戦略だけではどうしても効果に限界があるため、コーディネーターがユーザーである企業経営者に、経営改善提案を行う中でデザインの有効性を提案することでプル戦略として展開することで、よりデザイン活動を普及させるものである。

 ここまでに確認してきた、経営者や企業側にある「心の壁」を如何に取り払い、本論文にて確認してきたデザイン導入の効果を、体系的にデータ等に基づき説明することで、デザインの必要性を強く感じてもらうのである。

⑥意匠等の知的財産管理

 社外デザイナーへデザインを依頼した際には、その成果物に対する権利問題をいかに管理するかも重要な要素である。コーディネーターであればそうした管理業務にも精通し、アドバイスや、時には実務面でもサポートできる能力が必要である。

 意匠権活用にあたっては、特許庁が発行している「ものづくり中小企業のための意匠権活用マニュアル」(http://www.jpo.go.jp/cgi/link.cgi?url=/torikumi/chushou/mono_manual.htm)が参考になる。意匠権の概要の説明、活用の基礎・応用と網羅的に記載されており、特許庁HPから無料ダウンロードが可能である。

 また、場合によっては中小企業診断士のネットワークを活かして、弁理士と連携を図ることも必要となる。

 

(2)対デザイナー、デザイン知識の必要性

①デザイナーの力を100%引き出す

 コーディネーターとは先ほども確認したように、立場の違う人の間に入って調整をする役割である。それは言い換えれば、異なる知識を持つ人間同士の翻訳家でもある。其々の認識の誤差を極力減らしていくことで、デザイン導入の効果が高まるのは言うまでもない。

 

②デザイン知識の習得

 異なる知識を持つ人間同士の翻訳家になるということは、経営・デザイン両方に精通している必要がある。中小企業診断士であれば、経営に関する知識に関しては問題ないだろう。しかし、デザインに関する知識は不足していることがほとんどではないだろうか。

 デザインに関する知識は、デザイナーとのコミュニケーションを図る上でも、企業に対し円滑に導入していくうえでも必要である。

 ではどの程度の知識を有している必要があるのか。これもITコーディネーターが参考になる。ITコーディネーターはIT分野における橋渡し的役割を担うため、ITに関する細やかな深い知識を求めるというよりも、全体の大枠をさらうような知識が求められる。

 これはデザインコーディネーターに関しても同様であろう。具体的には、デザイン概論(基礎論)、プロダクトデザイン、広告グラフィック、CI、ブランド、店舗デザイン等、企業活動に関わる分野を中心にしたものである。細かな専門性、例えばwebデザインといった分野は、webデザイナー等の専門資格があるため、やはり全体を把握するという視点で考える必要がある。

 

③デザイナーとの契約方法に関する知識

 社外のデザイナーとの調整にあたっては、企業との契約方法に関する知識は必要不可欠であり、この問題をはじめに透明性のある明確なものにしておけば、デザイナーの業務に対するモチベーションも高めることができる。

 まず、新たに開発されたデザインに対しては知的財産権が生まれる。デザインに関わる知的財産権は大きく分けて商標権と意匠権の2つである。さらにデザインを行うにあたっては、その業務を進める際に知り得てしまう企業側の情報に対し、機密保持契約を締結しておくことも重要である。

 では個別の法律について注意点をまとめていく。

 

・商標

 商標はデザイナー個人の創作性は保護しない。そのため自動的にデザイナーが商標を得ることはない。デザイナー側から特段の要望がなければ企業側の権利となる。

 

・意匠

 意匠権は製品の形状を保護する法律である。デザインの創作段階では「意匠登録を受ける権利」がデザイナー側に発生する。その際外部デザイナーと内部デザイナーで内容に違いがある。

 

・外部デザイナー

 外部の場合、意匠登録を受ける権利はデザイナーのものになる。つまり、契約時に意匠権、意匠登録を受ける権利共に、権利譲渡にあたっての譲渡費用等取り決めが必要となる。

 特許、実用新案についても同様の仕組みになっているため譲渡費用の事前の取り決めが必要である。

 

・内部デザイナー

 職務創作によるデザインの通常使用権は自動的に経営者取得することができる。

 意匠権はデザイナー側が取得することもできるが、使用に関しては企業側も使用可能である。また、企業によっては「意匠を受ける権利」を会社に譲渡する契約書を結ばせるところもある。

 

・機密保持契約

 機密保持に関しては、2つの切り口がある。

①商品開発時に知ってしまう開発業務上の秘密

②デザインのために企業に入る際に知る企業の秘密。

これら両方共に機密保持契約により情報を守る必要がある。機密保持契約に関しては企業側から一方的に締結を求めることが可能である。

その為、デザイナーとの信頼関係に注意した上で、基本的に機密保持契約を締結することが望ましい。

 

 これら法律上の特性を十分に踏まえ、後々トラブルに発展しないような契約を事前に結ぶことができるよう、コーディネーターには知識と経験が求められる。